特殊探偵世界係!!

世界の真ん中にある孤島。そこにひっそりと佇んでいる大きな建物。赤いアンティークレンガで作られた五階建ての大きな建物だ。

五階にある南側の小さな部屋。おしゃれなデスクと椅子が二つずつ並び、猫や犬のぬいぐるみが置かれ、服がたくさん入っているクローゼットなどがあり、まるで女の子の部屋のようだ。

その部屋には、二人の女の子と女の子に睨みつけられているスーツを着た男性がいた。

「で、今なんて言ったの?」

女の子の一人が腰に手を当て、訊ねる。女の子二人は背が高く、男性と目線が近い。

「だ、だから……出張依頼が二十件入ったと……」

「ふざけんな!!」

女の子が椅子を蹴り飛ばす。男性はびくりと体を震わせた。

「あたしたち二人でそんな量ができるわけないだろ!!あたしは学校、クリスタは仕事があるんだ!!」

「報酬が多くもらえるからって勝手なことをするな!動かされるこっちの身にもなれ!」

女の子二人に怒鳴られ、男性は縮こまっている。ちなみに、男性の方が年上だ。
「ふ、二人の言うこともごもっともだ。そこで!この世界係に新しい探偵を入れようと思う!」

男性がそう言うと、女の子二人は顔を見合わせる。

「忙しいのはごめんだが、私は今さら新しい人間が来るのはごめんだ」

女の子の一人が呟く。男性は慌てて言った。

「お、お前がそう言うと思って二人と相性がいいと思う人間を選んだ。日本人の女の子。お前たちと同じ歳の子だ」

男性がそう言い、写真を見せる。写真を見た二人の目が大きく見開かれた。



誰かが呼ぶ声が聞こえたような気がして、世良泉(せらいずみ)は目を覚ます。しかし、目の前にはいつもの自分の部屋。泉しかいない。

日本の都会とは到底言えない地域で泉は暮らしている。高校一年生だ。

十階建てのマンションの一室。ここで泉は両親と兄、そしてポメラニアンのアンと暮らしている。ここまではごく普通の女の子だ。

「行ってきま〜す!」

青いリボンの制服に着替え、泉はドアを開ける。泉の部屋は七階。いつもエレベーターを使って一階に降りている。
エレベーターに乗った泉は、一階のボタンを押す。エレベーターが一階に向かうのをぼんやりしながら待っていた泉は、突然訪れた寒気に現実に引き戻された。

同時に、後ろの方から何者かの気配を感じる。血生臭い息が耳に吹きかけられた。

恐る恐る泉は後ろをこっそり見る。頭から血を流した女性が空中に浮き、泉を見下ろしていた。泉はすぐにエレベーターを降り、階段を使って一階に降りる。

あの女性はこの世の存在ではない。すでに死んだ者だ。泉は、幼い頃から霊が見える。

霊が見えることは、家族以外には話していない。しかし、友達の中にたった一人だけ泉が幽霊が見えることを知っている人物がいた。

「……学校かぁ〜……」

泉は憂鬱になり、大きなため息をついた。

学校はマンションから十五分ほどの場所にある。泉が学校に向かっていると、友達が数人輪になって歩いてくるところだった。

「おはよ〜!!」

泉は笑顔になり、友達に手を振る。

「泉、おはよう!!」
友達も笑って手を振り返す。泉もみんなの輪の中に入り、楽しくおしゃべりを始めた。

「昨日のドラマ、見た?」

友達に訊かれ、泉は「見た見た!」と笑顔で頷く。最近話題のミステリードラマだ。最近人気の俳優が主演をしている。

「小倉くん、本当にかっこよかったよね!」

「うん、やっぱり小倉くんはクールなキャラが似合ってる!」

友達が目を輝かせながら話す。泉も頷き、「犯人、まさかの人だったよね〜。予想と違った〜」と言った。

ドラマの話をした後は、バイトの愚痴やファッションの話、恋バナなどをする。泉はこうして友達と話す時間が大好きだ。

「あっ……」

友達の一人が後ろを振り返り、急に顔色を変える。他の友達も話をやめ、泉の表情から笑顔が消えた。

「泉、ごめん!先に行くね」

友達はそう言って、泉を残して足早に行ってしまった。決していじめではない。仕方がないのだ。

「おはよう、泉ちゃん」

泉よりも少し低めの身長の女子が泉の横に立つ。泉も「お、おはよう……」と口にし、歩き始めた。
隣を歩く女子の名前は、橋下真子(はしもとまこ)。泉とは中学生の頃から友達だ。

しかし、泉は真子のことが正直どう扱っていいのかわからず悩んでいる。理由は誰でもすぐにわかる。

数歩二人は歩く。二人の間に会話はない。こういった時、人は二つに分かれる。沈黙に耐えられる者と、そうでない者。泉は後者の人間だ。慌てて話題を探す。

「この前の日曜日にね、お母さんと買い物に行ったの。ファミレスのバイトで出たお給料で服を買ったんだ!夏休みに遊びに行く用にワンピースを買ったんだけど、五千円しちゃったんだ。予想以上に高くてびっくり〜」

泉は笑いながらそう言うが、隣にいる真子は何も反応しない。泉が話し終わってから口を開く。

「そうなんだ〜」

その言葉には、何の感情も乗せられていない。泉は真子と話していていつも空しくなる。それは会話が全く成立しないからだ。

真子は、常に泉にくっ付いている。他の人と関わろうとしない。四月に高校に入学し、もうすぐで夏休みに入るというのに、真子は未だに高校での友達を作っていない。
お弁当は、いつも泉と食べている。休み時間もほとんどくっ付いてくる。授業中にペアを組むのも、グループを作る時でも、真子はいつも泉に引っ付く。

クラスメートや真子の友達は、真子の泉に対するべったりに見て見ぬ振りだ。関わろうとしない。

泉も、真子がコミュニケーションをきちんと取れるのなら問題はなかった。しかし、真子はコミュニケーションに問題があったため、泉は悩んでいる。

まず、言葉に感情を乗せることができない。「よかったね〜」と真子はよく言うが、棒読みになっていて本当にそう思っているのか泉や周りの人は疑ってしまう。

そして、人の気持ちを理解することができない。目の前で泉が泣いていても、落ち込んでいても、声をかけようとしない。そのため、泉は「これって本当の友達なんだろうか」と疑ってしまうのだ。

真子曰く、小学生の頃に周りの人からいじめられたり、裏切られたために人を信頼できないらしい。しかし、泉はそれ以前の問題だと思っている。
しかし泉は、真子と仲良くするしかないのだ。なぜなら、とある秘密を共有しているからである。



真子と泉が話したきっかけは、図書館のある出来事だった。

放課後、泉は図書室で本を読んでいた。今日は水泳部は休み。前から借りたかった本を泉はのんびり読んでいた。

その時だった。冷たい空気が張り詰め、泉は本から顔を上げる。霊が現れる時の前兆だ。

ガタガタと風が吹いていないのに窓が揺れる。その刹那、黒い影が泉の目に映った。多くの子供の霊だ。

その刹那、机の上に並べられた本が何冊も誰も触れていないのに落ちる。ポルターガイスト現象と呼ばれるものだ。

「あれ?急に本が落ちた?」

司書さんが首を傾げる。泉は慌てて言った。

「「いえ、気のせいですよ」」

声が誰かとハモり、泉は後ろを振り返る。そこには、本を手にした真子がいた。

霊が見えると知り、真子は泉に話しかけるようになった。遠足の班も、修学旅行も、職業体験も、何もかも泉は付いてきた。
そして、高校も真子は付いてきた。真子には厳しいと先生に何度も言われても、「泉ちゃんと同じ高校に行く!」と言い張り、本当に合格したのだ。

そして、今に至る。



「泉ちゃん、帰ろう」

放課後、真子が泉に話しかける。泉は「うん……」と無理やり笑顔を作った。友達が哀れんだ目を泉に向け、泉はそれに気付かないふりをする。

「今日の化学の授業楽しかったね」

「うん」

「先生の話、おもしろかったな〜」

「うん」

「真子ちゃんは化学の調べ学習、何について調べる?」

「何でもいいかな」

泉が一生懸命話題を振るが、真子の返事は相変わらず感情のこもっていないものだ。泉はため息をつきたいのを堪える。

卒業するまでずっと引っ付かれるのかな、泉は未来を想像し笑顔が消える。高校だけではない。就職先も同じになったら、と思うと泉はさらに憂鬱になる。一生真子に縛られなければならないのだろうか。

また、二人の間に沈黙が訪れる。
泉は必死で話題を探す。しかし、真子と話せる話題は限られているのだ。

真子は、泉のようにドラマは見ない。音楽も聴かないし、おしゃれにも真子は興味はない。読書という共通の趣味はあるが、泉はミステリーや恋愛ものをよく読むが、真子はライトノベルを読むことが多い。本の話ですらできないのだ。

「もうすぐ夏休みだね〜」

泉は額に浮かぶ汗を拭う。夏休みになればしばらくは真子と離れられる。泉はそのことにはホッとしていた。

「うん、楽しみ〜」

感情のない真子の声に、泉は曖昧に笑う。その時体に寒気が走った。

「この感覚って……!」

泉は歩く足を止め、辺りを見回す。真子も足を止めた。

いつもの帰り道。近くには草が伸び放題の手入れのされていない空き家があった。そこから霊の気配が漂っている。

泉は空き家をじっと見つめる。すると、二階の窓に人影が見えた。白い服を着た女性だ。

泉と女性は目が合った。その刹那、女性は不気味に微笑む。