「私、前の仕事は事務職って言ったけど、違うんです。本当は、調理師でした」

「ちょーりし?」

何それっていう表情をされたので。

私は、言い換えて。

「えーと、料理人ですかね。コックさんて言えばわかりますかね。高校を卒業して、調理師専門学校に入って、卒業してからはホテルで料理を作っていました」

「そうなんだ! だから、料理が得意なんだね」

王子の目がキラキラと輝き出す。

「結婚してホテルは辞めるつもりでした。でも、相手の人から婚約破棄を告げられて。何もかも嫌になって、ツテでここの社長さんに頼んで事務職として働かせてもらったんです」

「……」

王子が黙り込んだ。

「今頃、結婚していたはずなんですけどね。誰にも過去のこと知られたくなくて…。逃げたんです。あと、うちの両親は静岡で洋食屋さんを営んでまして、うちの兄が3代目になりました」

「カッチャン、お兄さんいたの!?」

「はい、でも仲が悪いんです。兄貴のこと大っ嫌いなんです」

すぅ…と大きく呼吸をする。

「会社の皆に嘘ついてました。ごめんなさい」

ごんっ。

机に頭をぶつけた。

ぶつけても尚、頭を下げた。

「あと、この際、言いますけど。私、(かなめ)さんのこと嫌いです」

「あー、それは知ってる」

王子が失笑したので。私は、はははと笑った。

「それと、どうでもいいかもしれないけど。私、血液型はAB型です。変な人って言われるのが嫌で黙ってました」

「そうなの、AB型なの。俺、O型だよ」

なんの告白だよと思ったけど。

この際、言えることはきちんと言おうと思った

ふぅーと深呼吸をする。

一気に勢いで話してしまった。

暫く、変な間があった。

王子は何かを考えているように見えた。

「あの、王子。王子はやっぱり仕事が嫌いなんですか?」

「俺? うーん・・・。嫌いじゃないんだけど」

王子は腕を組んだ。

「何だろう? どうしていいのかわかんないんだよね」

「それは、過去の事件と関係ありますか?」

「ふふっ…、やっぱり事件になるのかな」

王子が笑う理由がわからなかった。

「カッチャンがきちんと、自分のこと話してくれたから、俺も話すよ」

「…はい」

「カッチャンの言う事件はね、今から7・8年前に起きてね。仕事中、急に同僚の人が怒り出して言い争いになってね、果物ナイフで腹を刺してきたんだ」

「それは、どうして…?」

「昔から、わかんないんだけど。異性には好かれて、同性には目の敵にされるっていうのかな。その同僚の人には片想いしている人がいて。でも、その片想いしている女の人は俺のこと好きだからって」

「え、それだけの理由で?」

フリーズしてしまう。

「んー。もともと、その人。オカシなところがあったみたい。完全な被害妄想だったのかもしれないね。社内で刺されて、しかも社員同士で。会社は公にしたくなかったみたい。救急車で運ばれて入院して。幸い、急所は外れてたみたいで命に別状はなかったんだけどね。退院したら、リストラされちゃった」

「は?」

王子の言うことが怖かった。

「その時さ、カッチャンと同じで結婚を約束してた人がいて。前に、あの夕飯会で母親が言ってたアヤっていう子。その人と結婚するはずだったんだけど」

王子は無表情で喋り続ける。

「刺される前に、実は、もう一つ事件があってね。アヤがストーカー被害にあってたんだ」

「ストーカー?」

「そのストーカーの正体っていうのが、俺のこと好きだっていう見知らぬオバサンだったの」

それ以上話を聴くのが怖かった。

でも、王子が話してくれている。

「アヤを付け回して、俺と別れるように嫌がらせして。その嫌がらせっていうのが手紙で。手紙の中に何枚もの写真が入ってて。俺だったり、アヤの写真だったり、毎日、手紙送ってくるの。その時はさ、アヤと同棲してたんだけど。全然、オレ。その手紙に気づかなかったの。馬鹿でしょ?」

多分、アヤさんが王子には隠してたんだろうなと思った。

「でも、流石にアヤの様子がおかしくなったのに気づいて。その時に、手紙を見つけて、見ちゃって。アヤを問い詰めたら泣き崩れて…。俺、馬鹿でしょ? アヤは精神を病んでしまってた。それすら、気づかなかった。一緒に暮らしていたのにだよ」

「アヤさんは王子に心配かけまいと思ったんじゃないですか」

「そうなんだろうね。でも、俺は自分が情けないよ」

いつも、穏やかでニコニコしている王子の表情が怒りに満ちている。

「警察には行ったんですか」

「行ったよー。でも、何もしてくれなかったよ。俺もツテを使って探偵さんに頼んだり、最終的には弁護士さんに頼って解決したけどね」

「……」

言葉が出ない。

「入院中にね、アヤのお母さんが来てね。『こんな時に悪いけど娘と別れてほしい』って言われて。それで、別れちゃった」

整った顔に現れたのは、さみしそうな表情だった。

「どうして、別れたんですか?」

「え、どうしてって。アヤは俺が刺されたことを知って、更に精神を病んでしまった。俺と一緒にいたら駄目なんだよ」

「……」