「それでさ、希樹ちゃんをいつまで縛りつけるわけ? 希樹ちゃんだっていい年だよ。花の命は短いんだ。偽の結婚ごっこをしている場合じゃないでしょ」

 浴場にいるせいか、健太郎の声が、やけに大きく反響するような気がした。

「兄貴や羅良ちゃんに、俺たちの気持ちはわからないよ。いつもできのいい上の子供と比べられた俺たちが唯一持っているのは、自由だったのに。別名、無関心ともいう」

 悔しそうな表情でうつむく健太郎。まるで小学生のようだ。

「希樹をお前と一緒にするな」

 希樹はたしかに何も強制されず、のびのびとしていた。が、決してダラダラすごしていたわけではない。

 陸上に打ち込む希樹の姿は、今も忘れない。

 はたから見れば、自由なのにどうしてわざわざキツイ競技を選んで、あれほど努力できるのかわからないほど、彼女は陸上を愛していた。

「とにかく、恋愛も仕事も遊びも自由にできないなんて、可哀想」

 心底気の毒そうに、健太郎が眉を下げる。

 やめろ。お前がそんな顔をするな。なにも知らないくせに。

「希樹ちゃんを解放してあげてよ。俺の言いたいことは、それだけ」

 言いたいことだけ言って、健太郎はザバッと湯から出ていく。

 水面が大きく揺れ、バナナの葉がゆらゆらと踊った。


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