廊下を走りながら、遥さんの質問に答えていく。
「その福井くんって人は、今どこにいるかわかるの?」
「この施設にある地下にいるらしいんです…、でも今どんな状況なのか…よくわからなくて」
「ほうほう、なるほどー。危険な状態なのかもしれないってことね」
「はい…」
少しずつだけど、息が切れてきた。
走りっぱなしで、さっき目を覚ましたばかりだし………。
気持ち悪かったのは治ったものの、足が遅いのには変わりなかった。
「あっ!!真莉ちゃん、頭を附せて!!」
「え?…わっ!!」
ドドドンッ!!!!
拳銃の音なんかじゃない。
機関銃の音だ……!
プチプチっと髪の毛が切れたのがわかった。
しゃがみこんだ床に何本が切れた髪の毛が落ちている。
施設の人が私達を見つけ、機関銃を撃っているのに遥さんが気がついたのだ。
「走って!!」
『走れ!!』
遥さんの声が、この前の福井くんの声と重なり、私は咄嗟に足を動かした。
機関銃の音は鳴り止まない。
バンッ!!
「うっ!!」
機関銃の弾が私の左足首を掠めた。
激痛が走り、傷口から血が滴り落ちる。
その時、バチっ!!という音が聞こえて、ついていた明かりが一斉に消えた。
辺りは真っ暗になり、ほとんどなにも見えなくなる。
「ナイスだよー!那奈ちゃん!」
那奈ちゃん……?
あ、操作室に那奈ちゃんと彼方くんがいるはず。
もしかして、そこから全部の照明を消したの?
足の痛みに堪えながら走っていると、あるドアの前についた。
研究室と書かれたプレートがドアにつけられている。
重いドアを遥さんが開けて、中に入れてくれる。
研究室の中には誰もいなかった。
研究員のひとりやふたりはいると思ってたけど……。
ドアの鍵をかけると、遥さんは近くにあった白衣を破り、その布切れで私の足を手当てしてくれた。
「よし、これで大丈夫。痛かったよね…」
「ありがとうございます…。助かりました」
「ううん……ちょっと、ごめんね…。耳が痛いの……」
「え…大丈夫ですか…!?」
かなりの大きな機関銃の音が廊下を響かせていたから。
耳が痛くなるのも無理はない。
「大丈夫…。ごめんね、私…『聴覚完全記憶能力』なの。聴覚の能力はかなりの音量を聞いたら、耳に激痛が走って……」
耳を塞ぎ、床にうずくまった遥さん。
そして、バタッと意識を失ってしまった。
「遥さん…っ!!」
慌てて抱き上げると、遥さんの顔色はすごく悪く、真っ青だった。
それに、かなり汗をかいている。
破れた白衣を拾うと、遥さんの身体にかけた。
遥さん……大丈夫かな。
そっと近くの壁に遥さんを移動させ、私はくるりと研究室を見渡した。
明かりはついておらず、かなり暗い状況。
ブレーカーはあるけど、高いところにあるし…私では届かなさそう。
そして、最初の能力判定で乗った機械がいくつかある。
近づくのは、少し怖いかもしれない。
『研究室の床に、隠し扉があって、その先には階段がある』
音子ちゃんの言葉を思い出し、床にある隠し扉を探すも、どこにも違和感はなかった。
全部同じタイルの床。
その時、ガチャッと研究室の鍵が開いた。
そして、私は硬直する。
研究室……?施設の人……?
だって…鍵を開けられるのはその人たちしか……。
遥さんに駆け寄り、守るように身体を支える。
ドアがゆっくりと開き、ナイフを向けられる。
その瞬間、お母さんにナイフを向けられた時のことを思い出した。
殺される……。
ぎゅっと目を瞑って、遥さんを強く抱き締めた時だった。
「なんだ、真莉か。那奈、真莉がいる」
聞き覚えのある声が聞こえて目を開けた途端、ナイフがしまわれる。
目の前にいたのは……彼方くんと那奈ちゃんだった。
「真莉?もう先にいたのか……びっくりした」
那奈ちゃんは「まさかいるとは思わなかった」と付け加えた。
放心状態の私の手を取って、立ち上がらせてくれた那奈ちゃんは、私の後ろにいた遥さんを見つめる。
「なるほどな。遥が一緒にいてくれたけど、あれのせいで気を失った、と。」
「あれ…?って?」
「ほら、この前にサイレンが鳴って音子が気を失っただろ?それと同じことだ。聴覚の能力のリスクは、記憶する代わりに何度も木霊していく。
つまり…記憶してしばらくの間、覚えた音がずっと耳に鳴り続けるんだ」
遥さんは機関銃の音を記憶してしまったから……、だから気を失った。
彼方くんは、遥さんの身体を抱き上げて…心配そうに顔を覗き込んでいる。
知り合いなのかな……?
「急にナイフを向けられて驚いただろ?ごめんな」
「いきなり鍵が開いて、施設の人かと思って……」
私の言葉に、なぜか那奈ちゃんは溜め息をついた。
「あのなぁ……操作室にいって私達が特別センサーとか監視カメラをoffにしてくるって、音子から言われたんじゃないのか?
ここの研究室の鍵を開けられるのは操作室か、中からじゃないと無理なんだ。最初に開いてたのは、私達が操作室から開けたからって普通考えないか?」
「え、そうなの!?ごめん……知らなくて」
「まあ、いいけどさ。そういえば、海斗が実莉に運ばれて治療室に来たって音子が言ってたけど、なにかあったのか?」
「あ…海斗くんがナイフで腹部を刺されたって言ってて、それで実莉が治療室に…。」
「ふーん…海斗もイケメンなことするよな。彼方」
「不自然だけど、海斗はカッコいいよ」
い、イケメンなこと……?
私……、海斗くんが庇ってくれて、質問攻めにされてたこととかは話してないと思うんだけど…。
「真莉さぁ、考えてることが顔に書いてあるぞ。話さなくてもわかる。
操作室から監視カメラでそっちの様子がモニターで見れるから。音子が治療室にいることも、遥と真莉が廊下を渡ってここに来てたこともな」
「あ、そういうこと……。」
なんだか安心した。那奈ちゃんと彼方くんが超能力者とかじゃなくて……。
いや、特別感染ウイルスに感染している時点で……、超能力者なのかな?
那奈ちゃんは床に手を当てて、なにかを探る。
隠し扉を探しているのかな…。
手をかざしていき、なにかを見つけたのか…持っていたハンマーで床を叩き始めた。
そして、バキッ!!
床が壊れ、中からなにか大きな隙間が見えた。
「あ!階段っ!」
長く続く階段があり、その先はよく見えなかったが…なにか黒いドアのようなものがうっすらと見えた。
「この先は、更に死の覚悟をしないとだめだ。そして、私達についている特殊能力を有効活用しないとな」
「なら、聴覚能力も必要になると思う。音子を呼んでこなくちゃ」
彼方くんは遥さんを抱き上げると、那奈ちゃんを見て言った。
那奈ちゃんは少し考えるような素振り見せると、「確かに…」と頷いた。
「私はここで施設のやつが来ないか見張ってる。真莉と彼方は音子や実莉を連れてきてくれ」
「でも……、早く福井くんを助けにいかなくちゃ…!」
「…私の推測に過ぎないが、奥にいる研究員は福井を殺そうとは企んでいないはずだ。真莉と会話をしたいって思っているはずだしな?」
にやっと不気味に微笑み、那奈ちゃんはそう言った。
私と……会話?
「とにかく、早くいけ。時間がないんだ」
「わかった、真莉行くよ」
「っ……うん」
那奈ちゃんは私を安心させるように、音子ちゃんそっくりの優しい笑みを浮かべた。