「いらっしゃいませ」
私は映画館のスタッフで、次に上映される映画の受付をしている。お客様からチケットを受け取り、半券を返す。
今日もレイトショーにあの人が現れた。
「ごゆっくりお楽しみ下さいませ」
「ありがとう」
優しく微笑む顔にいつもドキッとしてしまう。
身長は、165の私より10cmくらい大きいだろうか?パンプスを履いている私より背が高い。
オーダーメイドじゃないかと思われるほど、その男性にピッタリのスーツを着て腕時計は高級感たっぷり。髪は短髪だがブラウンに染めている。だからと言ってチャラい感じではなく、紳士的だ。
ちょうど1ヶ月くらい前から金曜日の夜、レイトショーを観にやってくる。しかもいつも1人で来るのだ。
彼の後ろ姿に見惚れてしまう。カッコイイなぁ。でも、あきらかに年下だ。
きっと綺麗な彼女がいるんだろうなぁ。
はぁ〜って、ため息をついている場合じゃない。仕事をこなさないと。私は前に向き直り、笑顔で受付を始めた。今日も1日の仕事が終わった。お疲れさま。よく頑張ったね、私。
こうやっていつも自分で自分を褒める。だって、私には彼氏もいなければ、友達もいない。
孤独な女なのだ。何故かというと……
1人でいるのが好きだし、友達がいなくても特に困らなかった。
学生のころからそうだった。女の子は、一緒にトイレに行きたがったり、ウワサ話や恋の話。
そういうことで盛り上がる。でも私は、トイレは行きたい時に行けばいいと思うし、ウワサ話も恋の話もあまり興味がなかった。だから、だんだんと孤立していったのだと思う。それに私は、中学生の時から、165cmあり、おまけに体重も65kg。成長が縦にも横にも人より早く、とにかく悪い意味で目立っていた。
きっと孤立した1番の原因だろう。
一緒にいるなら可愛い女の子といたいだろう。誰でもそう思う。
それに、私の性格といえば楽天主義。
こんな私のことを好きになってくれる人がいつか現れると思い続けた......。
私にもいつか白馬の王子様が迎えに来てくれる。
そう信じてた。なのに今だに彼氏なしだ。
いい加減気づきなよ。本当にバカだ。
35歳になった今でも、相変わらず太っていて、夢見る夢子ちゃんである。
そんな夢見る夢子ちゃん……私、小橋 美結雨(こばし みゆう)は、35歳にして、初めて男性を意識してしまったのだ。恋をしたことのない私にとって、どうしていいかも分からない。
でもこれだけは分かる。こんな太っている私を好きになってもらえるはずがない。だから、見てるだけならいいよね?それだけなら、許して貰えるかな?
今日はちょっと風邪ぎみ。水曜日ぐらいから体調があまりよくない。お客さまに風邪がうつってしまってはいけないので、マスクをしている。仕事は、休むことが出来ないので、いつも通りにこなす。
それに今日は、金曜日だ。
レイトショーには、あの彼が来るはず……そう思うだけで、気分が良くなる。怠いけど、テンションが上がる。
そろそろレイトショーの受付の時間だ。今日も楽しみだなぁ。
「小橋さん」
「はい」
「今日のレイトショーの受付は、私が代わります」
「えっ?でもレイトショーのシフトは私が受付ですよね?」
1日の作業の割り当てには、確かに私が受付だ。
「そうなんですけど、小橋さん、風邪ひいているじゃないですか?それなら、受付じゃなくて
他の作業のほうが、お客さまの為にもいいと思いますよ」
「……そうですよね。わかりました。私が林さんの作業をやりますね」
「よろしくお願いします」
「はい」
林さんは私より10歳も若い。本当だったら、いつも林さんに受付をやって貰ったほうがいいのかもしれない。
はぁ〜っ。
彼に会えたらもっと元気が出るって思ったのに……残念だな。
私は館内の掃除をするため、掃除道具を取りに行き、上映が終わった場所から掃除を始めた。
ゴミを拾い、忘れ物がないか確認した。汚れている所を綺麗にして、次の場所へ向かった。
それの繰り返しだ。
ひと通り終わり、掃除道具を片付けた。
あぁ〜。彼に会いたかったなぁ。彼は今日も来ているのだろうか?
今、上映中なのは3か所だ。その中に、彼はいるのだろうか?
私は、館内をゆっくり歩いていた。
上映が終わったみたいだ。お客さまをお見送りするために壁側に避けた。
「ありがとうございました」
お辞儀をしてお客さまを送り出した。
お客さまがどっと押し寄せてくるため、何度もお辞儀をする。
風邪が酷くなってきたのか、喉が掠れてきた。
ちょっと辛い。
やっとお客さまが少なくなってきた。
「ありがとうございました」
また、お辞儀をした。
「これ、どうぞ」
驚いて顔を上げると、
「僕も仕事で喉が痛くなるのでいつも持ち歩いているから、どうぞ」
彼はのど飴を、私に差し出した。
「ありがとうございます。いただきます」
私は、のど飴を受け取った。
「今日は、受付にいなかったのでお休みかと思いました」
「えっ?」
予想しない言葉を言われ、変な声を出してしまった。はっ、恥ずかしい。きっと顔が真っ赤だ。
「ははっ」
可愛い〜。笑った顔が可愛くて、思わず、叫びそうになってしまった。母性本能をくすぐる。
キュンとしてしまった。頭を撫で撫でして、抱きしめたくなってしまう。
「あっ、ごめんなさい。笑ってしまって……」
「いいえ、気にしないでください」
私は笑顔で言った。
だって、彼の新しい部分を見れたから。
「来週もいますか?」
「わ、私ですか?」
「そう、小橋さん」
「えっ?何で私の名前……」
「ほら…」
彼は、私の名前のプレートを指で差した。
「あっ、」
またもやってしまった。
手をおでこに当てて、あちゃ〜っていう動作をしたら、
「ははっ、小橋さんっておもしろいですね」
なんて言われてしまった。
やっぱり笑うと、可愛い〜。またまた、見惚れてしまった。
「僕は、元谷 雷斗(もとや らいと)と言います。よろしく」
彼は、私に握手を求めた。
私に優しく接してくれる人なんて今までいなかった。恥ずかしながらも私は、彼の握手に答えた。
「小橋 美結雨です」
「仕事中、話しかけてすいません。風邪、早く治るといいですね」
元谷さんは、優しく微笑んだ。
「はい、ありがとうございます。また、来週お待ちしております」
深くお辞儀をした私を見て、元谷さんは、帰って行った。
私は、今の出来事が夢ではないのかと思うくらい、突然だった。
でも、手のひらには、元谷さんからもらったのど飴があった。
私は、いつもの如く、
「今日の私、お疲れさま」
自分で自分を褒める。
でも、本当に今日は頑張った〜。仕事が終わり、館内を出てゆっくり歩く。本格的に喉が痛くなってきた。早く帰ろう。
ふと、元谷さんの顔を思い出した。笑った顔が可愛くて……ニヤケてしまう。
私は家に帰り、もらったのど飴を舐めた。
「美味しい〜」
かなり元気をもらった。明日、ゆっくり休んで風邪を治そう。
次の日、とことん寝た。きっと疲れからきた風邪なのだろう。よく寝たら、かなり良くなった。
私の休みは、シフト制だ。今回は連休だった為、日曜日も休み。
「いい天気だぁ」
体調も良くなり気分がいい私は、部屋の掃除、洗濯をする。食欲は、あまりなかったので、スムージーを飲んだ。
ひと通り済ませると、テーブルに置いてあったスマホが点滅してる。
誰だろう?
兄からの着信だ……
やだ。かけ直したくない。
こんな時間にかかって来るということは……
ブルブル…
スマホが鳴った。驚いて通話を押してしまった。
「美結雨…」
「なっ、何?お兄ちゃん、どうしたの?」
「今、ヒマか?」
「ひっ、ヒマじゃないよ。これから出かけるの」
「どうせ、1人で出かけるんだろ?」
「帰りに店に寄れ」
「やっ、やだよ〜」
「お兄ちゃんのお店は、私には似合わないの」
「似合う、似合わないの問題じゃない。絶対に来い。わかったな!!」
きっ、切られた〜。
はぁ〜。
お兄ちゃんには、敵わない。
私は、出かける準備をした。
白のカットソーに黒のパンツ。黒のカーディガンを着る。ナチュラルメイクをして、鏡の前に立つ。
「綺麗になりたいなぁ……」
えっ?私、今なんて言った?
綺麗になりたい……うそ。私から、この言葉が出るとは……。
ありえない……。
まぁ、私だって女の子だから、綺麗な服を着こなしたいって思ったり、かわいいメイクに興味があった。カップルで歩いている人を見れば羨ましいって思うこともあった。
きっと、私だっていつかは大好きな人が出来て、その人も私を好きになってくれる……
夢見る夢子ちゃんは、白馬の王子様をずっと待っていたのだ。何も努力せずに……王子様もきっと、このままでも好きになってくれるよ。な〜んて、簡単に考えてた。でも、今となっては後悔している。
もっと綺麗になっていればよかった。そうしたら、告白する勇気もでたのに……
性格良し。イケメン。モテる要素しかない元谷さんが、年上で横にも縦にも大きい私に振り向くはずがない。しかも恋愛経験なし。何もかもダメダメな私。
はぁ〜っ、完敗だ。
今頃、綺麗になりたいなんていっても、神様は味方してくれない。
それでも神様にお願いしてしまう。
「どうか神様、私に味方をしてください」
気づけば、35歳。
自分の人生、それなりに楽しんでた。1人で出かけるのも好きだし、可愛い雑貨をみつけたりしたら、「可愛い〜」って、叫んで喜ぶし。1人で騒いで、1人で楽しむ。そんな生活ライフが好きだった。
でも……
元谷さんと出会ってからは、今頃、何してるのかな?とか、どんな食べ物が好きなのかな?とか仕事、忙しいのかな?とか……
そんなことばかり考えてる。
きっと、ステキな彼女がいるんだろうなぁ。
わかっているから、これ以上は好きにならない。告白もしない。迷惑かけないから見てるだけなら、いいですか?
いつも心の中であなたに問いかける。
あなたの笑顔を思い出すだけで、自分の気持ちがウキウキする。
次、あなたに会う時は今よりもっとキレイでいたい。
心からそう思う自分に驚いた。
ウインドウショッピングをしながら、お店をウロウロ。今日は、テンション、ガタ落ちだ。
お兄ちゃんからの連絡があってから気分は最悪……時計を見ると、お昼をちょっと過ぎたところだ。
そろそろ行きますか。私は兄のところへ向かった。
「いらっしゃいませ」
オシャレなCafe。店内から綺麗な女性スタッフがやって来た。
「美結雨ちゃん、いらっしゃい。巧海さんが待ってるよ」
「花鈴音さん…お久しぶりです。相変わらず、綺麗ですね」
「ふふっ、ありがとう。カウンターでいいかしら?」
「嫌だって言ってもダメですよね?」
「わかってるじゃない」
花鈴音さんが微笑んで、カウンターに案内された。
「美結雨ちゃん、いつものでいいかな?」
「今日は、あまり食欲なくて……消化のいいものを……」
「わかった。言っておくね」
私の兄は……この店のオーナー。
小橋 巧海(こばし たくみ)
40歳。
185cmある長身。
くっきり二重の目が印象的。
引き締まった身体。
妹の私が言うのもなんだが、イケメンで本当にモテる。自慢の兄だ。
その兄の奥さんが花鈴音(かれん)さん。
39歳。
170cmのスレンダーで男女問わず人気がある。
とにかく綺麗なのだ。
この2人に比べて、私は……言うまでもない。
それにさっきから、視線が痛い。
こんなオシャレなCafeに似合わない私がいるのだから……
私だって早く帰りたいよ。
はぁ〜っ。
「美結雨……」
キッチンから出てきたのは
「お兄ちゃん」
優しく笑うお兄ちゃん。その顔に店内にいる女性は、目をキラキラさせている。
兄は、気にすることなく
私に話しかける。
「具合悪いのか?」
「違うよ。ただ食欲がないだけ」
「これ、俺特製のおかゆ」
「ありがとう」
「温かいうちに食べろ」
「うん。いただきます」
私はひと口食べた。
「美味しい〜」
自然と笑顔になる。
「やっぱりその顔、いいなぁ。こっちまで幸せになる」
「ごほっ、っ。ちょっ、ちょっとお兄ちゃん
何言ってるの?」
兄にこんなこと言われたら
妹でも、照れるし……
本当にバカ兄だ。
接客が落ち着いてきた花鈴音さんが、私のところにやって来た。
「美結雨ちゃん、ちょっと見ないうちに綺麗になったんじゃない?」
「えっ?私が?ナイナイナイ。全然、綺麗じゃないですよ〜」
突然、何を言いますか?
私は、間抜けな顔をして、その後は、ブルドッグのような頬のお肉をブルブルさせながら、首を横に振った。
「きゃははっ、美結雨ちゃん可愛い〜」
花鈴音さんは、綺麗な顔をして思い切り笑う自分は綺麗だって、鼻にかけることない。だから、私も花鈴音さんが大好きだ。
外見を気にしてるのは、私だけ……。でも、それは……元谷さんを好きになってしまったからで、それまでの私は、楽天主義だから、気にも止めていなかった。
実際、私の兄も外見を気にする事はなく、こんな私を可愛いって、平気で言う。だから、私は1人でも生きてこれたのだと思う。
こんな縦も横も大きい私でも人は人。自分は自分。って考えられるのは、兄のおかげなのかもしれない。兄は、本当にモテるから、いつもいろんな女性から告白されていた。
でも、本当に冷たい。イケメンだけに辛い思いをしてきたんだと思う。両親が忙しかったから兄がいつもご飯を作ってくれた。「美味しい」って私が食べるだけで癒されるっていつも言っていた。それは、大人になった今でも変わらない。
だから、兄が結婚するって聞いた時は本当に嬉しかった。もともと付き合っている時から花鈴音さんのことは知っていて、可愛がってもらっていた。こんなに綺麗で、嫌味もなく素直に私を可愛いって言ってくれる人はいない。
2人とも、似た者同士なのだ。だから私は2人が大好きだ。
「羨ましいなぁ」
私が、2人を見て言ったものだから驚いていた。
「美結雨?おまえ……」
「美結雨ちゃん、もしかして?」
「花鈴音。もしかしてって何だよ」
「巧海、分かんないの?」
「......分かんねぇよ」
「本当、巧海は美結雨ちゃんのことになると、全然ダメなんだから〜」
「はぁ?そんなことねぇよ」
「ほらっ、言葉使いも悪くなってるよ」
この2人は、いつもこんな感じだ。でも、こうやって言い合える関係って素敵だと思う。
「巧海は、もうキッチンに戻って」
「うるせぇ……」
兄は怒りながら、キッチンへ向かった。
「花鈴音さん、お兄ちゃん平気?」
「大丈夫だよ。いつもの事だから。よっぽど美結雨ちゃんが可愛いのよ。私も可愛いって思うもん。美結雨ちゃんのこと」
「花鈴音さん、ありがとう。お兄ちゃんにも、伝えておいてね」
「うん。伝えておく」
「ところで、美結雨ちゃん……」
ニコニコしてる花鈴音さん。
「なっ、何ですか?」
ちょっと、なんか焦ってしまう……
「美結雨ちゃん、好きな人いるでしょ?」
えっ、えっ?えーーーっ。
何でわかってしまったのだろう?
「当たりね。ふふっ」
「……何でわかったんですか?」
「そりゃあ、分かるわよ」
「……」
私……顔が真っ赤だ。恥ずかしくて、俯いてしまった。