生徒が席に着き、先生の号令で授業が始まった。

「着席」の合図で椅子に座るなり隣から開いた状態のノートが差し出された。

『悩んでることない?』

ノートに書いてあったその文字にハッとし、差出人である隣の席を見る。
月方くんは自分の口に人差し指を当て「シー」と私を見ていた。

どういう事?
悩んでる事…そんなの…
いや違う、あの事を知ってるわけないもの。
きっとわからない問題があるって言ったからその事ね、そうよ…。

私は自分の中でそう解決し、ノートに『何も無いよ』と書いて返した。

少し時間が空いて再度ノートが私の視界に入る。

『綿貫センセとの事で悩んでんじゃねーの?』

ドキッ。と心臓が鳴った。
なんで?なんで月方くんが知ってるの?
どうして?
私は思わず月方くんを見た。
月方くんは目をそらし、顎で黒板の方を指した。
黒板の方を見ると綿貫先生が私のことを見ている。
ヤバい。こんなの見られたらどうなるか分からない。
私は咄嗟にノートを腕で隠し、誤魔化す。
綿貫先生は黒板の方を向いて授業を続けた。

とりあえず誤魔化せた?とホッとしたのもつかの間、腕で隠してたはずのノートがなく怪しくない程度にキョロキョロ探すと、探していたノートが横から差し出される。

『さっきすごい目で睨まれてたよ(笑)
脅されてんの?』

月方くん、鋭い。どうして気が付いたの?
私はこの苦しい生活に少しの灯りが見えた気がした。
ただこんな事言ったらきっと月方くんが先生に何かされる。その不安から私はまた何も言えずにノートを返した。

すぐにノートが返ってくる。

『助けてほしい時はたすけてって言えよ』

多分私が一番苦しんでいた部分だと思う。
誰にも相談できない不安。孤独感から襲う不安。恐怖の支配に逆らえない不安。全部この言葉が軽くした。
ポロポロと涙がこぼれる。

「言える?」

横からボソッと小声で問いかけられる。
私は首を縦に振る。

「た、す……け…………て…」

下を向きながら声を振り絞り、何とか言葉にしたこの4文字に、彼は頬杖を付きながら黒板の方を見つめたまま「ん。」と返事をした。