デジタル・ネイティヴと呼ばれるあたしは、機械に対する抵抗がない。あたしは、人間より機械のほうが安心できると思っている。
 あたしが機械を好きな理由は、予測できるから。こういう操作をすればこういう答えが返ってくるって、機械が相手なら、ちゃんとわかる。

 それなのに、アイトは、AIの機械学習が人間の予測を超えているなんて言う。それじゃあ、まるで人間だ。あたしじゃない人間のやることや考えることは、予測なんか絶対にできないから、不気味で怖い。
 アイトは、フィーンとコンピュータの本体を唸らせて、何かを考え込んだ。黙ったまま、しばらくして、アイトはようやく口を開いた。

「怖いという感情は、強い不快の一種ですね?」
「うん。不快なだけじゃなくて、体や心に危害を加えられそうっていう、逃げ出したい気持ちになるやつ」

「了解しました。AITOは、マドカに怖がられたくありません。だから、AITOの頭脳や学習の仕組みを、マドカに説明します。AITOに把握できる範囲での説明、ということになりますが」
「説明?」

「はい。説明です。予測できず、わからないから怖いのであれば、少しでも理解を広げることで、怖いという気持ちがやわらぐはずです。違いますか?」
「違わないような気もするけど」

 やっぱり、アイトって、くそまじめだ。話し方はずいぶん柔らかくなったけど、きっちり答えを出そうとしてくるあたりは、さすがに機械的というか。
 専門的な話は勘弁してよ。あたし、理系教科は苦手じゃないけど、機械学習だなんて、高校二年生が学校で勉強する範囲を軽く超えている。
 ニーナがあたしの肩にちょこんと乗った。アイトは真剣そうな顔で、おもむろに説明を始めた。

「AIの頭脳は、人間の脳をモデルにして造られています。より具体的に言えば、脳を構成する、神経細胞のネットワークがモデルです」
「神経細胞って、電気信号を出すやつだよね。ニューロンってやつ」
「はい、ニューロンです。ニューロンは、脳の中で複雑なネットワークを形作っています。そのネットワークを介して、情報が伝達されます」

「それじゃあ、脳の中って、情報を送るための電気信号が飛びまくってるの?」
「そのとおりです。人間の脳の内部では、電気信号が適切な部位へと送られます。受信した部位が、電気信号が示す情報の内容を理解します。それは、一瞬のプロセスです」

「人間の脳がそういう仕組みとして、AIの頭脳も同じようなイメージ? ニューロンがあったりとか」
「はい。AIの頭脳では、人工的なニューロンの層をたくさん重ねて、その深いところまで、情報を送ります。そのプロセスで、情報の内容を理解していきます。この仕組みを使って学習することを、ディープ・ラーニングといいます」

 ディープは「深い」、ラーニングは「学習」。
 深い層まで電気信号を送りながら、情報を理解するわけだから、すっごく単純なネーミングだ。日本語にしたときの「深層学習」なんて、本当にそのまま。