男は黙り込み、下を向いてしまった。本当に踏み込んではいけない所だったのかもしれない。
バス停にある、ただ一つの電灯だけが僕と奴を照らしている。電灯にたかる虫の羽音だけが聞こえた。
だが意を決したか、奴はまた口を開く。
「私が住んでいたところは、人に汚されたのです。息もマスクなしでは吸えない、まともに飲める水なんてあるわけがなく・・・。」
「世界のどこなんです、だから。」
日本ではまずありえない、と言おうとした時だった。

「あなたが住んでいる所ですよ。」

一瞬の沈黙が訪れる。一体、何が何だか解らなかった。だって僕が住んでいる所は、こんな所・・・田舎のように綺麗とは言えないが、息だって普通に吸える。水だって浄水器を付ければ何とか・・・。
「何を言ってるんですか。」
「こっちの台詞ですよ。あなた方が、あんなに汚さなければ、まだ救いはあったんだ。」
下を向いていた男が、ぐるんと首を回し、僕の目線に合わせてきた。近距離にまで近づき、笑う。