ねぇ、柊吾…。
私、自惚れてもいい…?
柊吾も私と同じ気持ちだって…。
今告白したら、受け止めてくれるかな…?
「香純…。」
夜空に響いた 柊吾の声。
低くて、穏やかで、心地良い…
私が大好きな声。
「ん?
…どうしたの?」
返事をすると、柊吾は繋いだ手を引いて私をそっと抱きしめた。
「え…!?
……しゅ、柊吾?」
驚いて咄嗟に離れようとすると、彼の手が私の頭を押さえてそれを許さない。
私の顔は、そのまま柊吾の胸板に…
服越しに、柊吾の鼓動が伝わってくる。
柊吾の鼓動…
私のと同じくらい速い…。
「…そのままで聞いて。」
柊吾は、私を強く抱き締めて話し始める。
「昨日の夜、デートに誘った時点で…
…今日こそは絶対伝えようって決めてた。
…ずっと大好きでした。
俺と付き合ってください。」
最後は少し離れて、しっかり私の目を見てそう言い切った柊吾。
柊吾が私を好き…?
これは…夢か何か?
「…え!?なんで泣く!?
…ごめん、そんなに嫌だった?」
自分の意思とは関係なく、溢れ出る涙。
止めたくても、止まらない。
「…ちがうよバカっ…。
柊吾が私のことを好きだなんて…
なんだか夢みたいで…」
そう言って泣きじゃくる私を見た柊吾は、優しく微笑んで、そっと私を抱き締めた。
「香純…。
返事、聞かせてくれる…?」
私の頭を優しく撫でる柊吾。
…そんなの、聞かなくてもわかるくせに…
「私も好きだよ…。
子供の頃からずっと、柊吾だけが好き。」
ずっと胸の中に秘めていた言葉。
ずっとずっと、言えなかった言葉。
─────やっと言えた…。
ポツリポツリと灯る街灯の中で、私達はお互いの存在を確かめ合うように抱き合う。
私…今が人生で一番幸せだ…。
心からそう思えた。
…いつまでもこの幸せが続きますように。
夜空で輝く綺麗な満月に、そう願った。
─────────ドンドンドンドン!!
「桜河ぁぁぁああ!!
起きろコノヤロウ!!」
ヤツの部屋のドアをひたすら強く叩き続ける。
あー、もう!
あと20分でバスが来るんですけど!
叩き起してやりたい…
けど…彼氏持ちの身で、仮に男の部屋に入るのは…
「悪いねぇ、香純ちゃん…。
…桜河は私が起こすから、先に行きな。」
申し訳なさそうに眉を伏せ、私の手を握るヨシ子ばあちゃん。
…こんなか弱いおばあちゃんに、桜河の寝起きは任せられない。
ヨシ子ばあちゃんにもし何かあったら、自分を一生恨む!!
…こうなったら仕方がない。
もう入っちゃえ!ごめんね柊吾!
意を決して、桜河の部屋のドアを開ける…
「桜河!起きろって──────…
…うわぁぁぁぁあ!!」
パンツ一丁の姿で制服のズボンに足を通す桜河に、慌てて手で目を隠す。
「…変態。」
私の反応を見て、明らかに楽しんでいる様子の桜河。
「…起きてるなら返事してよ!!」
ずっと呼んでたんだから、返事くらいしてくれても良くない!?
「あからさまに部屋に入ってこないと…
…なんか腹立つだろ?」
は…腹立つって…
「もう、あんた…最近なん──…」
「───柊吾ってそんなに嫉妬深いのか?」
私の言葉を遮ってそう言った桜河。
「いっその事、起こしに来るのもやめれば?」
「起こしに来ないと、あんた学校に来ないでしょ!?」
こちらを見ずに、淡々と話す桜河になんだかイライラする。
柊吾と付き合い始めてから、桜河の部屋に出入りすることを少し躊躇うようになった。
柊吾に何か言われたわけじゃないけど、私なりのケジメというか…
だけど桜河はそれが不満なのか、それからずっとこんな感じ。
怒ってるのか、拗ねてるのか…
いつも以上に無愛想だから困っちゃう。
「桜河、急ぐよ!!
遅刻したらあんたのせいだからね!」
昨年は、桜河のせいで私まで出席日数がやばかった。
「桜河、香純ちゃん。
ワシが乗せて行ってやろう。」
玄関を出ると、目の前で軽トラを止めて待機していた光雄じいちゃん。
「光雄じいちゃん!
助かる、ありがとう!!」
お礼を言って、私達は軽トラの荷台に勢い良く飛び乗る。
光雄じいちゃんの運転する軽トラに乗る時には、私たちはいつも荷台。
田舎道なら何でもありだ。
流れる景色も綺麗で 風も気持ち良いから、昔からここは私と桜河の特等席。
今日も車に揺られて、心地よい風を感じる。
「…眠ぃ……」
猫みたいに大きな欠伸をする桜河。
「もう、ネクタイ曲がってるよ。」
ズボンから出たシャツ、捻れたネクタイにノーセットの茶髪。
…まったく、だらしないったらありゃしない。
私はせっせと桜河のネクタイを結び直す。
こやつ……本当に17歳なのか?
ネクタイもまともに結べないなんて…。
「ほら、シャツはきちんと入れる!」
「お前は俺のオカンか。」
そう言って笑う桜河の横顔は、なんだか少し悲しそうに見える。
「桜河…。」
桜河のお母さんは桜河が幼い時に他界して、政治家のお父さんとは今は別居中。
お父さんとは滅多に会うことはないらしい。
確かに桜河は、両親に愛された記憶がないのかもしれないけど…
その代わりにおじいちゃんとおばあちゃんの愛を誰よりも受けている。
「…ねぇ、桜河。
光雄じいちゃんとヨシ子ばあちゃんが、桜河のことなんて言ってたか知ってる?」
「なんだよ、急に。
…悪口でも言ってたか?」
冗談交じりにそう言って笑う。
…違う、そんなんじゃない。
中学生の時、光雄じいちゃん達が私に話してくれたことがある。
「…宝物なんだってさ。」
愛する一人娘が産んだ宝物。
誰よりも桜河のことが大切だって言ってた。
…私はその言葉を聞いて、何故か涙が止まらなかったのを覚えている。
「…愛されてるね、桜河。」
光雄じいちゃんとヨシ子ばあちゃん…
それに、柊吾も咲花も葵斗も…
…もちろん私も。
気づいて欲しかった。
時々、ふと悲しげに遠くを見つめる桜河。
そんな顔しないで。
みんな桜河のこと大好きなんだよ?