朝7時10分発のバス。
家からおよそ10分ほど歩いたところにある小さなバス停。
360度どこを見渡しても山が見えるのどかな町並み。
今日もいつもの風景。
いつもの日常。
もちろん私、成宮香純(ナリミヤ カスミ)もいつもの如く隣に住む〝ヤツ〟を起こしに行く。
「ヨシ子ばあちゃん、おはよ!」
「おやおや。まぁ香純ちゃん。
あの子ったら、まだ寝てて…。」
「え!?まだ寝てるの!?」
腰の曲がったヨシ子ばあちゃんの横を通り抜け、階段を駆け上がる。
今は6時50分。
バスの時間まであと20分しかないのに…!
階段を上がって突き当たりの部屋の扉を勢いよく開け、ヤツの上に飛び乗った。
「……いっ…てぇ…………」
「起きろ桜河!
あと10分で支度しないと遅刻だよ!」
明るい茶色の髪を眠そうにかきあげるこの目つきの悪いイケメンは、影山桜河(カゲヤマ オウガ)。
ウチの隣の和菓子屋の孫で、わけあって今は祖父母と暮らしている。
「別にいいだろ…遅刻したって…。」
もう一度布団に潜り込もうとする桜河から、私は奪うように布団を引っ張る。
「いいわけないでしょ!?
あんた、このままじゃ留年だよ!?」
私は桜河のじいちゃんばあちゃんに頼まれてるんだから!
〝桜河のことをよろしくね〟って。
桜河の布団を引き剥がし、壁に掛かった制服を渡す。
「…はいはい。わかったから。」
桜河は気だるそうに立ち上がって、着ていたTシャツを脱ぎ捨てる。
うーわ、相変わらず綺麗な腹筋だなー。
何も考えずに、ただボーッと桜河の上半身を眺める。
「…なに見惚れてんの?変態。」
「…は!?
別に見惚れてなんてないし!」
「…なんならこっちも見たい?」
悪戯な笑みを浮かべて、パンツのゴムを少しだけクイっと引っ張る桜河。
無駄にイケメンなのが腹立つ。
「…見ないし!
遊んでないで早く着替えてよ!バカ!」
私は慌てて部屋を出て、扉を閉めた。
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桜河の手を引いて、電車にかけ乗る。
『駆け込み乗車はおやめください。』
「うわぁっ!すみませんっ!!」
結局バスには乗り遅れてしまった私達は、〝光雄じいちゃん〟こと桜河のおじいさんに車で駅まで送ってもらった。
「はぁ……ギリギリ、セーフ。」
肩で息をする私の後ろで、涼し気な顔でスマホを触り始める桜河。
…まったく、もう。
誰のせいで駅員さんに怒られたと思ってるの?
「おーい!香純!桜(オウ)ちゃん!
遅いから来ないかと思ったよ〜。」
「ごめんね!咲花!
こいつが全然起きなくて…。」
小柄で可愛らしいこの女の子は、紅林咲花(クレバヤシ サナ)。
くせ毛のゆるふわ栗色セミロングとぱっつん前髪がチャームポイントで、私達が通う私立紅羽学園の理事長の愛娘。
「桜ちゃんったら…。また寝坊?
あんまり香純に迷惑かけたらダメだよ?」
クリクリな可愛らしい目で覗き込む咲花を、桜河は耳にイヤホンを突っ込んでガン無視。
桜河が無愛想なのはいつもの事だけど…。
可愛い可愛い咲花を無視するのは許せん…。
「おい桜河!
俺の可愛い咲花を無視するんじゃねぇよ!」
私の気持ちを代弁したこの熱血男は、小鳥遊葵斗(タカナシ アオト)。
私たちの住む町の中でも、少しだけ外れた所にある酒蔵の息子。
さっき言ってた通り、咲花の彼氏だ…
…と言ってあげたいところだけど…
今のところは葵斗の片思い。
猛犬のように桜河を威嚇する葵斗をなだめるように笑う咲花。
「葵ちゃん。落ち着いて。」
いや、元はと言えば桜河が悪いんだけどね?
咲花は基本的にみんなに優しいけど、特に桜河には昔から甘い。
咲花も、もっと桜河に怒ってもいいのに…
優しい優しい彼女の代わりに、私が桜河の背中を軽く叩く。
「…いちいち叩くなよ。変態。」
「なっ…!変態じゃないから!
… 人から話しかけられたんだから、最低限の返事くらいはしなよ。」
「あ?…あぁ、わりぃ。
聞こえなかった。」
昔から隣に住んでいたのもあって、桜河は私の弟のような存在。
とはいっても、桜河の方が誕生日は早いんだけど…。
桜河があまりにもだらしないから、ついつい気にかけてしまう。
「…あれ?そういえば柊吾は?」
なんか人数少ないなと思ったら、柊吾がいない。