彼女は悪く言えば狡猾、よく言えば機転の利く頭のいい女性だった。

有坂社長はどうやら彼女と俺を本気で結婚まで進めたいらしい。しかし、彼女にはすでに恋人がいる。だから姉と入れ替わることで有坂社長の目をはぐらかし、知られることなく彼女は恋人と交際を続けられる。そして、俺は俺で姉のほうと“恋人ごっこ”ができる。というのが彼女の考えだった。

「お姉さんに本当のことを話すわけにはいかないのか?」

なぜ偽の恋人じゃなければならないのかわからなかった。それに人をだますなんて俺の性に合わない。

「水城さんが私とではなく、愛美と付き合ってることが父に知られたら……ちょっとまずいんです」

「まずい、とは?」

言いにくそうに言葉を濁している彼女から、有坂家の複雑な家庭環境を聞かされた。浮気性の母親に引き取られた姉を、父親はあまり快く思っておらず長い間連絡もしていないらしい。だから、姉のせいで縁談の話がなくなったと勘違いすれば、有坂社長が逆上して無理にでも彼女の恋人と別れさせようと嫌がらせをするのではないか、ということを懸念していた。