恋の駆け引き~イケメンDr.は新人秘書を手放せない~

ピンポン。
玄関のチャイム。

ボスが出て行き、一緒に課長が入ってきた。

「大変だったね」
「ご迷惑かけてすみません」
「そんなこと、気になくていいから」
課長はいつも通り優しい。

「これ、パンと、弁当と、つまみに、デザートとビール」
うわ、すべて高級スーパーの物。
「多めに買ったから、好きなものを食べて。で、今夜はここに泊るの?」
「いえ、近くのホテルを・・」
「泊める。怪我もしているし」
それって私が決めることでは・・・

「でも、女の子なんだから」
「大丈夫だ。なあ?」
って聞かれれば、
「はい」としか答えられないじゃない。

「僕も泊ろうか」
課長が気を遣っている。
「大丈夫です。お部屋もたくさんあるみたいですし、仕事も届けてもらったし」
「本当に、いいの?」
「はい」
実は、仕事をこなせるのが密かにうれしい。
課長が帰り、夕食まで部屋を借りて仕事をこなした。

キリの良いところでキッチンへ行き、まずはサラダとおつまみでワンプレートに。
「あれ、何してるの?」
「夕食の用意です」
「用意って、武広が買ってきただろう?」
「ええ。お皿に移してるんです。もう、食べますか?」
「ああ」

じゃあと、ダイニングに料理を運び、
「ビール飲みます?」
「うん」
「今ご飯持ってきますから、先に食べていてください」
「ああ」
とっても、不思議そうな顔。


「うん、うまい」
サラダのドレッシングには隠し味のわさびを足してみた。
口に合って良かった。

課長が買ってきてくれたお弁当はワンプレートに。
「ご飯は温めて梅としらすを和えて、一口おにぎりにしています。デザートのプリンはグラニュー糖をこがして、ブリュレ風にしました」
「すごい、ご馳走だな。うーん、うまい。お前って、料理得意なんだな」
「これを料理とは言いません」
「意外だなあ」
料理を口に運びながら、ブツブツと言っている。
ボスのマンションは本当に良い環境で、仕事がはかどった。
順調に進みすぎて、つい朝方まで仕事をしてしまった。


トントン。
いきなりドアがノックされ、
「はい」
思わず開けた。

怖い顔をして、睨んでいるボス。

「まさかと思うが、徹夜か?」
「いえ、今から寝ます」
「4時だぞ」
やっぱりまずかったかあ。

「副院長こそ。こんな時間に、」
「俺はトイレ」
はー。

「ちょっと来い」
ああ、また叱られる。
俺が、初めて並木を見つけたのは新人が研修中の3月終わりだった。

「今年の新人は何人だ?」
人事にも関わっている武広に声をかけた。
「研修医が10人。事務職で15人。そのうち4人が医療秘書で採用です」
「へー。俺の下にも1人つけるんだよな」
「ええ」

今まで俺についてくれた大ベテランの秘書が定年退職になり、新人が1人つくことになる。
彼女は親父の時代からの副院長秘書で、俺も仕事を一から教えてもらった。
その人の代わりが務まる新人なんて本当にいるのか?
怪しいもんだ。
そう思いながら、新人達を見ていた。
その日はなんとなく気になって、研修に足を運んだ。

研修室を見下ろせるように作られたコントロ-ルルーム。
研修中の新人を見下ろしながら、
「若くて綺麗な子が多いな」
おっさんのような言葉が出た。

今は課題を与えられているらしく、みんなパソコンに向かって作業している。
しばらくモニター越しに覗いていた。

「はい。そこまです。皆さん、データをUSBに落としてログオフして休憩に入ってください」
「はーい」
それぞれ出て行く新人達。

ん?

奥の方の子が1人立ち尽くしている。
どうしたの?近寄った子が声をかけるが泣きそうな顔。

ん?

なにやら話しているが・・・
しばらくして、1人が泣き出した。
もう1人が肩を抱いて励ましている。
それから、泣いていた子の席に座り、パソコンに向かって何か作業を始めた。

す、すごい。
別人のようなするどい眼光。モニター越しにも聞こえてきそうなキーボードを叩く音。
それに、すっごいスピードだ。

一心不乱すぎて、なんだか怖い。
一体、こいつは何者なんだ。


それから7.8分位だろうか、脇目も振らずパソコンに向かっていた。
そして手を止めると、泣いている子のUSBを端末に差し込む。
どうやら、保存を忘れて落としてしまったんだな。
ってことは、もう1人の子が打ち直したのか?
こんな短時間に?
信じられない。
それにしても、すごいスピードだった。
ん?
誰か入ってきた。
研修担当のチーフだ。

2人に何か注意をしている。
2人はひたすら頭を下げている。

すごいな、あの子。
それに、みんな明るめの色のおしゃれな服装なのに、彼女だけかちっとしたリクルートスーツのまま。
化粧もしているのかわからないくらいのナチュラルメークだ。

どうやら、今年は変わった子が入ってきたらしい。

それが俺と並木の出会い。
俺は迷うことなく、あの子が良いと武広のリクエストした。
午前4時の、高級マンションリビング。
ボロボロの私。
それでも叱られるために、ソファーに座った。

「何考えてる?何で徹夜なんてするんだ」
本当に心配そうに言われて、ちょっとだけ胸が痛む。

「あんまり仕事がはかどったから、つい」
普段は電話や来客で途中中断することも多いから、できるときには集中してやってしまおうと欲が出た。
気がついたらこんな時間だった。

「馬鹿野郎」
ああ、また馬鹿って言われた。

「大丈夫です。今から寝ればギリギリ3時間寝れますから」
それから準備すれば十分間に合う。
「そういう問題じゃないっ」
すっかりお怒りモードのボス。

「もういい、今から寝ろ。朝は起きなくていから、今日は午後から出勤しろ」
「ちょ、ちょっと待ってください。無理です。叱られます」
「大丈夫、火事に遭った人間に誰も文句なんて言わない」
「でも・・・」
「これは上司命令だ。今日は半日有休を取れ」
「いや、でも・・・」

結局、ボスに押し切られた。
「おはようございます」
「おはよう」
それでも、起きたのは午前8時。

「俺、行くから。もう少し寝てろ」
「はい」
返事をしながらも、自分の顔色が良くないのは分っている。
何しろ低血圧で、朝はいつもこんな感じ。

「本当に大丈夫か?具合でも悪いか?」
「いいえ、ただ、朝がとっても苦手で・・・」
「そうか。お前にも苦手があるんだな。いいからもう少し寝てろ」
「ありがとうございます」
お言葉に甘えて、もう少しだけ休ませてもらおう。

課長が買ってきたパンで朝食を食べるボス。
今日は外来だから、9時までに出社ね。

「それで、これからどうする」
「とりあえず、ゲストハウスか何かを探してみます」
「そんなことしなくても、部屋が決まるまでここにいろよ」
「へ?」
あまりの事に・・・言葉が出ない。