あれから数週間。
私は、なるべくアニキと鈴音さんと、顔を合わすのを避けるようにしていた。
気持ちの整理が出来るまで、少し距離をおきたかったんだ。
アニキは、そんな私に寂しげな視線を送り、鈴音さんは怪訝そうにしていたけど、二人とも私の様子を察してか、無理に話しかけてくることはなかった。
鉄次さんや月鵬さんに相談というか、この想いを話してスッキリしたかったんだけど、彩さんが屋敷を出た日から、二人はこの屋敷に現れなかった。
どうやら亮さんもいないようで、私は街にも降りられず、悶々とした数週間を過ごした。
そんな私の気晴らしは、本殿に出向いて王子達と話すことになっていた。
本当は軽々と出向いたりしちゃいけないみたいだけど、どうやら王か皇王子か、はたまたアニキなのかは分からないけど、私が入ってもいいようにしてくれているみたいで、番兵には顔パスで通っていた。
本殿では、皇王子の他に、葎王子とも話をした。
葎王子の話はやっぱりドラゴンの話で、私はそれ目当てに葎王子との会話を楽しんだ。
でも、葎王子は相変わらず城を抜け出して、研究所に通っているので、週に一回偶然会えれば良い方だったけど。
幸いなことに志翔さんに会うことはなかった。
葎王子の部屋を訪ねるときは、志翔さんがいるんじゃないかと毎回ビクビクする。
でも、志翔さんはどうやら安慈王子のお世話もしているようで、元々忙しく動き回っている人みたいだ。
安慈王子とは、廊下で一回すれ違っただけだった。
立ち話でも、と思ったんだけど、スルーされてしまった。
皇王子は、相変わらず真面目で慎重で、色んなことに迷うみたいだけど、話していくことで、自分の考えや、目標を固めていけるみたいで、序所に顔つきが凛々しくなって行くのが分かった。
話が終わるたびに、自分の考えが纏められた、ありがとうとお礼を言われるけど、私がしていることなんて、話しをうんうんと聞いているだけで、皇王子の話の半分も理解出来ていない。
だって、難しいことばっかりなんだもん。
話が終わるたびに、すごいなぁと感心させられてしまう。
壁王は、本殿に行く度に気になってはいた。
あの骨と皮だけの手と、必死な瞳が思い出される。
だけど、私は嘘をついたという罪悪感もあって、王室の扉を叩くことが出来なかった。行ったとしても、入れてもらえるかは分からないけど……。
失恋した今となっては、帰りたい気持ちもいっそう強くなってる。けど、どうやったら帰れるのか、いまだに分からない。
だけど、せめて碧王が生きている内はこの世界にいよう。だって、このまま私が帰ったら、碧王は裏切られた想いと、無念で、すごく傷つくと思うから。
でも、このまま兵器として利用されるのは嫌だ。
アニキに直接は聞けないでいるけど、やっぱり、アニキも『それ』に賛成なんだろうなぁ……。
だから私を岐附に連れてきたんだろうし。
改めてそう考えると、悲しみに押しつぶされる。
だけど、アニキも碧王も、皇王子も、嫌いにはなれなかった。
壁王も皇王子も、自分の国や子供や民を、守りたいだけなんだから。その気持ちが悪であるわけがないんだから。
でも、こっちとしては、やっぱり納得がいかないというか、哀しみや切なさが込み上げてきちゃうわけで……。
いっそアニキを憎んだり恨んだり出来たらよかった。恋人がいると分かった今でも、それが本気の恋だと分かった今でも、嫌いになれない。
利用されているのだとしても、憎むことなんて出来ない。
人を好きになるって、厄介だ。
今でも好きだという気持ちが消せないでいる。
私は本殿からの帰り道、坂を下りながら大きくため息をついた。
アニキの顔が浮かんでは、キュンと胸が締め付けられ、鈴音さんが浮かんで急速に落下する。
(別れれば良いのに)
ふと邪悪な考えが浮かんで、激しく首を横に振る。
ちゃんとお幸せにって思ってるはずなのに、こんな考えが浮かぶなんて……。私、すごい嫌な子だ。
割り切れない想いが心の底で渦巻いてる。
(いっそ告白してバッサリ振られてこようか?)
その方が随分楽な気がする。
でも、一緒の家にいるんだもん。振られた後に毎日顔を合わすのは、辛すぎる。
私はアニキの屋敷の前で、またまた大きくため息をついた。