「嬢ちゃん。月鵬見なかったか?」
「月鵬さんですか? いえ。私は今さっき目が覚めたばかりなので」
「そうか……」

 口調から、心配が窺えた。
 すると今度は翼さんが、

「じゃあ、隊長のこともしらないっすよね?」
「……はい」
「そっすか」

 心配そうに節目がちになる。
 花街に行ってても、心配はしてるんだ、一応は。

 この様子じゃ、他のみんながどうなったのか知らなそうだな……。
 訊いても雰囲気を重くしてしまうだけかも知れないし、話題を変えよう。

「これから、どうしますか?」
「俺は岐附に戻る予定だが……」
「俺は美章に帰ります」

 はっきりと答えた翼さんとは違い、アニキはなんだか歯切れが悪い。

「どうしたんですか?」
「ん? ん~まあ、ちょっと問題があってな」
「そっすよねぇ……当初の予定だったら良かったんすけどねぇ」
「……?」

 腕を組んでしきりに首を捻る二人。私が怪訝に眉を寄せると、翼さんが私を手招きした。駆け寄ると、翼さんが私の腕を掴んで外へ引き出した。

「なんですか?」
「実はっすね……」

 耳打ちしようとすると、アニキが翼さんの肩を掴んでそれを制した。そして指を庭の方に押し出して、合図を送る。
 翼さんが頷いて、私を連れて庭の隅まで連れてきた。
 アニキも後からやってくる。アニキと翼さんは顔を見合わせた。

「俺、入国証(ゲビナ)ねぇんだわ」
「え?」

 アニキのどこかあっけらかんとした声音に、翼さんが深々と頷いたけど、私にはまったく意味が分からない。ゲビナ? なにそれ?

「それ、なんですか?」
「そっか、知らねぇのか」

 アニキと翼さんは少しだけ驚いて、翼さんがズボンのポケットから木の板を取り出した。

「これの事っすよ」

 その木の板はひし形をしていて、真ん中に、美章国――王都凛章――双陀翼。と彫られていた。双陀翼の部分が赤色で、美章国は黒。王都凛章の部分が金色で塗られている。

「これが入国証ですか?」
「はい。国によって形は違うっすけど、大きな町に入る際や、他国に渡るさいにも必要になるんすよ」
「へえ。じゃあ、岐附は全然違う形なんですか?」
「岐附の場合は、美樹(ミジ)の形に似てるな」
「そうなんだ」

 美樹っていうと、私の世界で言う紅葉に似てるから、紅葉形の入国証か。なんか可愛らしいな。
 あれ? っていうか、入国証がないと国を渡れないってことは……。