私が異世界に戻ってから、すぐに私は言葉が通じなくなった。
どうやら異世界と向こうの世界の往復で、魔王の力を使いきってしまったらしい。
最初はパニックになったけど、月鵬さんや鉄次さん、なんと亮さんまで日替わりでつきっきりで言葉を教えてくれて、おかげで三ヶ月くらいで、拙いながらも日常会話を行えるようになった。
こっちの言葉を自分の耳でも聞いていたせいか、耳が慣れていたのも上達が早かった理由のひとつみたい。
私が戻る前に、碧王は亡くなられた。
今は皇王子が王となって政務に励んでいる。
私はお葬式にも戴冠式にも出られなかった。だから、帰ってすぐにお墓参りに行かせて貰った。お墓は、本殿の敷地内にあって、白い大きな墓石だった。
魔王としての能力が無くなった私は、兵器として発表されることもなく、平凡な日々を送っていた。相変わらず外に出るときは護衛つきだけど。
「本当に帰ってきたときはビックリしたわよねぇ。皇王の読み凄過ぎだわ」
「とか言って、柚様の巻物を入れたのはあんただっていう話じゃない。鉄次」
「あら、それもあったほうが押しが良いかと思って」
あの中庭でティータイム中に、鉄次さんがおどけて言った。月鵬さんはあきれ返った調子で鉄次さんを睨む。
「でも、タシカニ、柚さんの手紙と、皇王子――ジャなかった。皇王の手紙で帰る決心したンですよ。アリガトウございます」
片言の言葉で私が言うと、鉄次さんは、「良いのよ~」と、晴れやかに笑った。そこに、
「女子同士でお集まりだなぁ!」
明るい声でやってきたのは、アニキだ。
「なんでそんなに話すの好きなのかね」
怪訝に、口の中で含んで言って私の隣に座る。
「あら、まあ、婚約者のご登場ね」
「そうね!」
鉄次さんと月鵬さんがからかうように、にんまりと顔を見合わせた。
「モウ、恥ずかしいジャないデスか」
「恥ずかしがることはねえだろ?」
「そりゃ、けんちゃんは七回目の結婚だものね」
意地悪に鉄次さんが言って、その隣で月鵬さんがお茶を噴出した。咳き込みながら、くっくっと笑う。
「失礼デスよ。二人とも!」
「ごめん、ごめん。でも、結婚式をするのは、ゆりちゃんが初めてなのよ」
急に真剣な表情で月鵬さんが告げて、鉄次さんが、そうよと深く頷いた。
私はアニキを見る。アニキは照れたように頭を掻いた。そして、私を熱い視線で見つめる。ドキドキと胸が高鳴った。
「ヒュ~! あっつあつぅ!」
「邪魔しちゃ悪いわね。帰りましょ鉄次」
鉄次さんはからかって立ち上がり、月鵬さんは含んで笑って席を立った。
「えっ、あの、モウ少し――」
ひきとめようとする私を振り切って、二人は楽しそうに笑いながら去っていった。
なんとなく、気恥ずかしい気持ちで席に戻ると、アニキの腕が伸びた。私の肩は、アニキの大きな腕にすっぽりとおさまった。まだ余りあるくらいだ。
私はアニキを見上げた。
胸がドキドキして、苦しい。
「この先、お前以外の女は要らない。お前以外、要らない。ゆりがいれば、それだけで良い」
真剣な声音で告げて、アニキは優しく、慈しむ瞳で私を見つめた。
「お前のためなら、全てを捨てる。お前がそうしてくれたみたいにな。ありがとう……俺のところに帰ってきてくれて」
そう囁いて、アニキの顔が近づき、やがて何も見えなくなった。
(この先何があっても、私はこの人と生きて行こう)
赤希石の指輪が、互いの指で陽光を受けてキラリと光った。
(了)