「お前はニュースを観てないのかよ!?」


俺の言葉に木村が呆れたように言う。

俺はムカつく木村の言葉は無視し、見出しの記事を読み始める。


「国土交通大臣の大出光三は知ってるか?」


木村は記事を読み始めた俺を邪魔するように声を掛ける。


『ああ、名前ぐらいはな』


「ソイツに今、献金の疑いが掛かってんのは知ってるか?」


『そうなのか?』


「やっぱりニュース観てねえな?事務所のテレビで何観てんだよ?って言うかテレビ観てるか?毎日やってるだろ」


『生憎とウチの若いモンは教養が薄くてな…テレビはもっぱら野球かバカ番組しか映ってねえよ』


俺は木村の言葉にムカつきつつも、情けない自分の組を嘆く事しか出来なかった。


「…だろうな。まっとにかく、その大出の周辺で今は地検の特捜部が慌ただしく動いてるんだよ」


『…話が読めねえな。それがどう火種になるって言うんだよ?』


「呆れたな…オメエは自分の組の内情も理解してねえのかよ?」


『ハア!?どう言う事だよ!?』


「ったく、どっから説明したもんかな」


木村は呆れたように言葉を吐き捨て、空になったコーヒーカップを高く掲げながらウェイトレスを呼んだ。

 
 ウェイトレスが相変わらず眠たそうな顔でコーヒーを注ぎに来、木村は「悪いねネエチャン」とウェイトレスに愛想を振る。


「――今まで大出の後援会の一つは波田建設の二次団体だったんだが、今地検が動いてる本丸はそれじゃねえんだよ」


木村は注がれたコーヒーにテーブルシュガーをさらさらと多めに入れ、それをかき混ぜながら話を続ける。


「大出が深く関わっているとされる愛染堂市の再開発の話は知ってるか?」


『いや、知らん』


「…だろうな。その愛染堂市の開発の一部のハイテク工業団地の話があるんだが…当初の予定では波田建設が大々的に請け負う形になっていたらしい」


『それがどう火種に繋がるんだよ!?』


「まあ最後まで聞け。それが最終的にはアメリカに本社を置くリゾート開発会社が指揮を取ることになったんだよ」


『まどろっこしいな。結局どう言う事だよ?』


「アメリカのその会社は何年か前に破綻しかけている会社でな、日本のあるリゾート開発会社が株の大半を所有していて、実質的にはその子会社みたいなもんなんだよ」


木村はもったいぶるようにコーヒーを啜り、俺の理解を確認するように顔を見る。

俺は情けない事に、そんな木村に馬鹿のようにただ頷く。

 
「その日本のあるリゾート開発会社ってのは、美山の組のフロント企業だ」


『何!?』


俺は間抜けに声を上げてしまう。


『――ん?だけど、それがどう火種になるって言うんだよ?』


「まあ確かに表向きは波田建設と美山の会社の企業競争でしかないんだが、その蔑ろに蚊帳の外へと追いやられた波田建設の"ケツモチ"が、仲の悪い御代志会ってとこが問題なんだよ」


 俺は複雑になっていく話に思わず頭を抱えかきむしる。


「地検は本丸への切り崩しに、まだ手をこまねいていて、未だ決定打も無いまま粗探しで大忙しだ。…正直言うと今俺が美山に近づけねえのはソレが理由だよ」


『どうして?』


「バカ野郎、オメエは地検の奴らがどれだけ質が悪いのか知らねえのか?アイツら下手したらオメエらヤクザモンより質が悪いぞ」


『ヤクザモンを前にして言う事じゃねえだろ』


「まあな。とにかく、今は美山に現職の警察官が近付く事は難しいんだよ。わかるかなヤマモト君?」


木村は無知な俺を見下しているのをまざまざと見せるように言い、ムカつくニヤケ面のままコーヒーを啜る。

俺は複雑になっていく話に頭を抱え、僅かに冷め始めたコーヒーの表面に映り込む歪んだ蛍光灯の光を眺め続けた。

―――――中島



 俺は毒島と共に、ほんのついさっきに本当なら踏み込む筈だった現場の雑居ビルに戻ってきた。

 救急車の中で、下手をすりゃ朝まで粘っていそうだった小池は、聞き分けなくココへも着いて来ようとしたが、『ディスクをお前に預ける、俺じゃコレを調べる当てが無い、お前が頼りだ、頼んだぞ』とガキを騙すようにアメリカ人から受け取ったディスクを渡し、何とか病院へと追いやった。

 現場の雑居ビルの周りは既に野次馬で溢れていて、数台のパトカーとテープで封鎖した通りの向こう側にはテレビ局の中継車も来ていた。

そんな野次馬を掻き分けて、雑居ビルの手前で封鎖線を死守している制服警官に毒島はバッチを見せ、俺の方を指差し「コイツは公安」と言うと制服警官は明らかに不快な顔をしながら封鎖線を上げ俺達を中に入れた。

 ビルの中では既に鑑識がエレベーターの現場写真を撮り始めていたが、驚いた事に俺はエレベーターの中にも仏さんが居た事に気付いた。

サラリーマン風だが、どう見ても堅気と言った感じではなかった。


「ここにも仏さんか…」


 毒島が苦い顔をしながらエレベーターの中を覗き呟く。


「コイツも撃たれたのか?」


『いや、俺は非常階段から降りて来たから分からん』


「…そうか」

 
「階段で行くしかねえな」


毒島はエレベーターの中の鑑識に目配せしながら呟き、渋々と階段を昇り始める。


「何階だ?」


毒島は階段を数段昇った後、思い出したように今更な事を聞く。


『ん?…ああ、四階だ』


「怪我、大丈夫か?」


情けない事に俺は体が覚束なくなっていて、毒島に数段遅れて階段を昇る。

それを察してか、毒島が踊場に立ち止まり振り向きながら声を掛ける。


『少し痛む…心配されるほどの事は無いがな』


怪我と疲れで相当に体力が削られていたが、正直同世代の毒島に心配されるのは腹が立つ。

気遣いは嬉しいが、裏腹に口調は無愛想になる。


「心配なんかしてねえよ」


俺の無愛想な返答に毒島も無愛想に言葉を返す。

 息を切らしながら四階に着くと、捜査員達が花園神社の時のように慌ただしく動き回っていた。

一応に立ち止まり俺達を確認するが挨拶もする事なくまた慌ただしく動く。

俺や毒島には慣れっこの日常的な疎外感たっぷりの雰囲気だ。

 四階のフロアは俺が踏み込んだ時とは違い蛍光灯の明かりが点いていて、心なしかさっきよりも広く感じる。

床に敷き詰められた灰色のフロアマットに錆色に変色し始めた血痕が付いていて、それを鑑識が丁寧に調べていた。

『俺の血だ』と言ってやろうとしたが、息切れで言葉を発するのも億劫になりやめた。

 
「あそこか?」


捜査員が激しく出入りする部屋の前を指差し毒島が俺に聞き、俺は息を整えながら無言で頷く。

 毒島は捜査員の間を縫い、部屋の中を覗き見るように首を伸ばす。

中を覗いた毒島は苦い顔をしながら「うわ、ひでえな」と言葉を吐いた。

毒島の後に続いて捜査員の間を縫いながら、毒島と同じように部屋の中へ首を伸ばす。

部屋から漏れる血の生臭みでその惨状を想像していたが、それを軽く上回る程酷い現状に言葉を失う。

部屋の中は、一見すると普通の会計事務所か何かのように事務用のデスクが並び、それぞれのデスクの上には大きめの高そうなパソコンが置いてある。

そしてそれぞれのデスクには二十代かそこらの若い男達が頭を撃ち抜かれて座っていた。


「何人だ?…イチ、ニィ、サン…」


毒島が頭を撃ち抜かれた仏さんを指差しながら数える。


『なあ…毒島?』


六人目まで数えた毒島を制し、俺が言葉を掛けると毒島は察したように「妙だな」と言葉を返す。

俺が疑問に思った事と毒島が思った事の合点がいったらしく、毒島は仏さん達に近付き仏さん達を一人一人確認し始める。

俺は入り口の近くの壁に背中を預けながら、そんな毒島を見守るように待つ。

一課の捜査員や鑑識達が、そんな俺達を邪魔そうに横目で眺めていた。


「コイツら、堅気だな」


確認し終わり俺の前に歩みよりながら、毒島がボソリと呟く。

 
「エレベーターでくたばってた奴居ただろ?」


 毒島は俺の肩に手を掛け部屋の外へ促すように押し出し、俺の耳元に小声で呟く。


「あのエレベーターの野郎は何となく見覚えがある」


毒島は他の捜査員に聞かれないようにだろうか、俺を部屋の外へ連れ出し小声のまま呟きながら苦い顔をする。


『何かあるのか?』


毒島の様子が引っ掛かった俺は毒島に合わせるように小声で聞き返す。


「ああ…取り敢えず外に出るか」


毒島は似合わない神妙な面持ちを浮かべながら階段へと向かい、俺もそれ以上は何も聞かず黙って後を追った。

 一階に到着すると、ちょうどエレベーターの中の仏さんを運び出そうとしていた。


『知った顔なんだろ?』


俺は運ばれる仏さんを顎でしゃくり上げながら毒島に言うと、毒島は神妙な面持ちを崩す事なく頷き、足を止めずそのまま雑居ビルの出口へと向かった。

 外に出ると先程よりも野次馬が増えているように感じた。


「なあ中島…このヤマは厄介だと思うぞ」


『改まって言うような事でもないだろうよ…どう言う事だよ?』


「エレベーターでくたばってたのは堅気じゃねえが…ヤクザもんでもねえ」


毒島は胸ポケットからパーラメントを取り出し、無駄に長いその一本をくわえながら他のポケットに入れたライターを探す。

 
『ヤクザもんじゃねえって、どう言う事だよ?』


やっと見つけたライターで大事そうに火を付ける毒島は、俺を横目で見ながら溜め息混じりに煙を吐き出す。


「ヤクザもんじゃねえがヤクザみたいな奴だよ」


『何だよそれ?』


「企業や政治家やらの私兵みたいなもんかな…いや、汚れ仕事専門の口利きとでも言えば分かり易いか」


毒島はくわえ煙草のまま、野次馬の群れを窮屈そうに避ける。

毒島に避けられた野次馬が、煙と毒島に明らかな嫌悪を示す表情を浮かべる。


『それがどう厄介なんだ?』


俺は毒島が切り開いた野次馬の隙間を必死に縫う。


「…事務所の連中が普通にヤクザもんなら事は単純だ。汚れ仕事の下請けだろう」


少し野次馬が開けた場所で待っていた毒島が煙草の灰を弾きながら言う。


「ああ言う連中が客から受けた依頼の…まあ、客の不始末やら何やらの尻拭いをヤクザに請け負わせるなんざ、よく聞く話だが…今回のはしっくり来ねえな」


『事務所に居た連中が堅気のガキ共だからってだけでか?』


「…上手い事言えねえが、在るべき処に在るはずの物が欠けてるような感じだ。…何してたのかは知らねえが、あの事務所はどう見ても真っ当なヤクザ稼業には見えねえし…ひいき目で見ても詐欺が関の山だ」

 
『…暴力団傘下の左翼団体が、ガキ共集めた詐欺じゃ不満か?』


「不満って訳じゃねえが…それじゃエレベーターの奴があそこに居た理由には結び付かねえな。…それにアメリカ人のパソコンオタクの理由としても説明がつかんだろう?…わざわざ日本に来てまで詐欺のお手伝いか?」


毒島の似合わない神妙な面持ちは俺を少し居心地の悪い気分にさせる。


「ネタ元が分からねえから何とも言えねえが、外事のお前さん方が出張ってくるヤマだ。…そうは単純じゃねえだろうがな」


『複雑な事には慣れてるよ』


「そうじゃねえよ中島。俺が言いてえのは、俺達四課にとって複雑だって事よ」


『…四課にとって?』


「ヤクザ絡みなら、ヤクザだけ絡んでてくれりゃいいって事だよ」


『よく分からんが、そんなもんなのか?』


「そんなもんなんだよ」


 俺は毒島の感じている感覚がイマイチ理解出来ずにいたが、門外漢の俺には解らない次元での毒島なりの感覚なのだろうと理解し、『そうか』と一言返事をし、毒島の言葉を素直に聞き入れた。

 毒島は俺の言葉に無言で頷き、くわえていた煙草を道に投げ捨て、靴の先で雑に踏み消す。

そしておもむろにポケットの中から携帯電話を取り出すと、電話帳を確認しながら片手を挙げ「じゃあな」と無愛想に俺の前から立ち去って行った。