『・・・撃ちなさいよ』


 情けない言葉を呑み込み、次に出てきた勇ましい言葉に自分でも驚いた。


「何?」


バカオトコは聞き取れなかったと言うよりも、理解出来なかったと言う感じに首を傾げ、間抜けな顔でアタシに聞き返す。


『撃ってみなさいよ!!』


「・・・撃たないと思っているのか?」


『撃つか撃たないかは関係ない。アタシは自分の気持ちに誇りを持ちたい!!』


「ハアッ!?何言ってんだオマエ?」


『アンタが偽善だって言う事も、ここが紛争地帯だって言う事も・・・アタシが今、感じて間違っていると思う事の理由にはならない。アンタがどんだけの死に対面してようと、その全てが一過性の出来事であったとしても、今アタシの目の前で起きた事をアタシが間違いだと思う以上は、銃を突き付けられても気持ちを偽る事はしない』


 バカオトコは間抜けに口を開き、首を傾げながら突き付けていた銃を一旦降ろし、「オマエ、本当に何を言ってるんだ?」と実に不思議そうにアタシの顔を覗き込む。

アタシもバカオトコの言葉に不意に冷静になり、本当に何を言っているんだろう?と気恥ずかしく思えたが、アタシの口を吐いて出た言葉を今更引っ込める訳にもいかず、ただ真っ直ぐにバカオトコの目を見返す。


「仕方ねえな・・・自分が馬鹿だったと、あの世で悔やめ」


バカオトコはそう言って、下ろした銃をもう一度アタシのオデコに突き付けた。

 
 道を覆うように伸びた木々の枝が乾いた風でざわめき、照りつける太陽で汗塗れになったアタシの体を僅かに冷やす。

そんな心地良い風とは裏腹に、オデコに突き付けられた銃の冷ややかな感覚は現実味を帯びない異質な感じがした。

その冷たい銃口に、アタシは静かに目を閉じ覚悟を決める。


「――キョーコ!!」


銃に意識を持っていかれそうになったアタシをアドルの声が呼び戻す。


「――チッ、ガキのくせに」


バカオトコが舌打ちをし、アタシのオデコから銃口を離す。

アタシは反射的に目を開き、バカオトコを見る。

バカオトコの銃口はアタシじゃなく、アタシの後方へと向いていて、アタシは慌てて銃口の先へと目をやる。

バカオトコの銃口の先には、身長と大差ないライフル銃を構えたアドルが、真剣な目つきでバカオトコにその銃口を向けていた。


「オイ、ガキにカラシニコフを捨てるように言え」


バカオトコがアドルを見据えたままアタシに言う。


『カ・・カラシニコフ?』


「銃だよ!!あのガキの持ってるライフル!!カラシニコフ・・・AK47!!」


『あっ・・ああ、じゅっ銃ね』


アタシはアドルに『ダメ』と伝えると、アドルは真剣な眼差しのまま首を振り、「ヤダ」と返してきた。


 
『ヤダだって・・・』


「ヤダって・・・お前、この状況分かってんのかよ!?」


バカオトコは銃口をアドルに向けたまま、顔だけをアタシに向けて怒鳴り散らしす。


『あの子、言い出すと聞かないし』


「ハアッ!?そう言う問題じゃねえだろ!?・・・俺はガキだからって容赦はしねえぞ!!」


『あんな子供までアンタは殺す気?』


「いいかバカオンナ?俺に取ってみれば、ガキかどうかは関係ねえんだよ。ましてやアイツは銃を構えていやがる。殺される前に殺す、それだけの事だ」


『本気で・・・ネェ、本気であんな小さい子まで殺せるの?』


 バカオトコはアタシの言葉に苛立ち混じりに大きく溜め息を吐き、呆れ顔で首を傾げる。


「だ~か~ら~・・・ったく、らちが開かねえな。言っても聞かねえようだから、今からガキの頭ブチ抜いてやるから見てろ」

バカオトコはアタシから顔を背け、アタシの後方のアドルの方へと視線を向ける。

そして先程の苛立ち混じりの呆れ顔とはまるで違う、冷たい眼差しの無機質な表情を浮かべる。

 背筋を走る痺れるような寒気が、バカオトコが本気なんだとアタシに覚らせる。

―――――ヤマモト



 木村は俺が了承したものと安堵し、更にムカつくニヤけた面でコーヒーを啜る。

俺はと言えば、正直まだ悩んでいて、まとまらない考えが頭を巡り、ウエイトレスが波々と注いだままのコーヒーを眺め続けていた。

 ――ヤクはやらねえ

今の御時世で何とも青臭い考えだとは自分自身でも分かっている。

今時、ヤクを外道と言う奴は極道モンにも居ないに等しい、潤沢な資金を維持する立派なシノギだ。

極道モンに限らずとも、今じゃ猫も杓子もヤクに手を着ける。

現に大久保のシマでは、半島の奴らがイラン人だかイラク人だかを使ってガキ共相手にハッシシやらを手広く捌いていやがるし、職安通りの向こうでは大陸系の奴らが極道モン相手にシノギを削ってやがる。

正直に言ってしまえば、青臭い事言ってたら機を逃し、既にヤクを捌くには手詰まりと言うのが本当のとこで、単純な俺の負け惜しみなのかもしれない。

 以前にヤナギが、高田馬場でガキ相手のハッシシのシノギを持ち掛けて来た事があった。

馬場は昔からの学生相手の金貸しで地盤は出来てるし、幸いに同業も少なく悪い話じゃなかった。

その上、良く出来た子分のヤナギは仕入れから何からをしっかりと用意して、その話を俺に持ち掛けた。

だが俺はいつもの悪い癖で意地を張り、ヤナギを殴って一蹴し、そんなシノギをパーにした。

 
 今にして思えば、俺には出来過ぎた子分のヤナギが、わざわざ俺の怒りを買うような話を持ち掛けてくる筈もなく、ウチの組の起死回生を図ったヤナギの苦汁の選択だったんだろう。

お陰で今だに、八方塞がりの貧乏ヤクザだ。

 木村の言うシャブが、いくらまっさらな上物だったとしても量が量だ。

正直な話、そのままリスクを負わずスライドした所で多く見積もっても当座の資金にしかならないだろうし、まともに捌いた所ですぐに底をつく。

だがヤナギに任せれば、マーケットとまでいかなくても、シノギの足掛かりに上手い事やってくれるだろう。

頭を下げられねえ俺の、ヤナギへの詫びの代わりの手土産には十分な量だ。

 意地の部分を除けば、確かに俺にとっても悪い話じゃねえ。

簡単な用事で返りはデカい、二つ返事で引き受けても良いような事だ。

――ただし引っ掛かるのは相手が美山って事と・・・


『なあ、木村さんよ』


 俺はニヤけ面を見据えて切り出す。


「お?何だ?他に質問か?」


『アンタが美山に売った銃の一丁が今夜出て来たって事は、今夜の事件は美山の仕業って事かい?』


「・・・さあな」


『さあなって!?』


「正直、分からん」


木村は他人事ように吐き捨て、両の手を返し白々しく首を振った。

 
『今夜襲われたのは御代志会系の事務所って言ったよな?』


「ん?ああ」


『木村さん、アンタなら分かるだろうが・・・それがどう言う事なのか?事の重大さは理解してるよな?』


 木村は相変わらずのニヤケた面で、俺の話を聞き流すように目線を外し「そりゃあ、まあな」となおざりに言葉を返した。


『オイオイ冗談じゃねえぞ・・・』


「でも内々で手打ちになってんだろ?」


木村の明らかに他人事のような言い草が、必要以上に俺を苛つかせる。


『手打ちって言っても、本当に内々の杯の無え口約束だけだぜ!!・・・一時的なもんで、今は膠着状態にあるだけなんだよ!!何が火種で戦争が始まるかわからねえんだぞ!!』


木村は俺の話を退屈そうに聞き、早々に飲み干したコーヒーカップの底を眺めながら「火種ねえ」と呟いた。

そして思い立ったように立ち上がり、何も言わずに出口の会計の方へと歩いて行った。


『オイ!!何だよ!?』


木村は俺の呼び止めに応える事なく会計の前の新聞を物色し、その中の一部を持って席へと戻ってきた。


「火種は既に点いてるんじゃねえか?」


木村はそう言って新聞の一面を開き、記事の見出しを指差す。


『―――波田建設…明日にも立ち入り調査?…どう言う事だよ?』

 
「お前はニュースを観てないのかよ!?」


俺の言葉に木村が呆れたように言う。

俺はムカつく木村の言葉は無視し、見出しの記事を読み始める。


「国土交通大臣の大出光三は知ってるか?」


木村は記事を読み始めた俺を邪魔するように声を掛ける。


『ああ、名前ぐらいはな』


「ソイツに今、献金の疑いが掛かってんのは知ってるか?」


『そうなのか?』


「やっぱりニュース観てねえな?事務所のテレビで何観てんだよ?って言うかテレビ観てるか?毎日やってるだろ」


『生憎とウチの若いモンは教養が薄くてな…テレビはもっぱら野球かバカ番組しか映ってねえよ』


俺は木村の言葉にムカつきつつも、情けない自分の組を嘆く事しか出来なかった。


「…だろうな。まっとにかく、その大出の周辺で今は地検の特捜部が慌ただしく動いてるんだよ」


『…話が読めねえな。それがどう火種になるって言うんだよ?』


「呆れたな…オメエは自分の組の内情も理解してねえのかよ?」


『ハア!?どう言う事だよ!?』


「ったく、どっから説明したもんかな」


木村は呆れたように言葉を吐き捨て、空になったコーヒーカップを高く掲げながらウェイトレスを呼んだ。

 
 ウェイトレスが相変わらず眠たそうな顔でコーヒーを注ぎに来、木村は「悪いねネエチャン」とウェイトレスに愛想を振る。


「――今まで大出の後援会の一つは波田建設の二次団体だったんだが、今地検が動いてる本丸はそれじゃねえんだよ」


木村は注がれたコーヒーにテーブルシュガーをさらさらと多めに入れ、それをかき混ぜながら話を続ける。


「大出が深く関わっているとされる愛染堂市の再開発の話は知ってるか?」


『いや、知らん』


「…だろうな。その愛染堂市の開発の一部のハイテク工業団地の話があるんだが…当初の予定では波田建設が大々的に請け負う形になっていたらしい」


『それがどう火種に繋がるんだよ!?』


「まあ最後まで聞け。それが最終的にはアメリカに本社を置くリゾート開発会社が指揮を取ることになったんだよ」


『まどろっこしいな。結局どう言う事だよ?』


「アメリカのその会社は何年か前に破綻しかけている会社でな、日本のあるリゾート開発会社が株の大半を所有していて、実質的にはその子会社みたいなもんなんだよ」


木村はもったいぶるようにコーヒーを啜り、俺の理解を確認するように顔を見る。

俺は情けない事に、そんな木村に馬鹿のようにただ頷く。

 
「その日本のあるリゾート開発会社ってのは、美山の組のフロント企業だ」


『何!?』


俺は間抜けに声を上げてしまう。


『――ん?だけど、それがどう火種になるって言うんだよ?』


「まあ確かに表向きは波田建設と美山の会社の企業競争でしかないんだが、その蔑ろに蚊帳の外へと追いやられた波田建設の"ケツモチ"が、仲の悪い御代志会ってとこが問題なんだよ」


 俺は複雑になっていく話に思わず頭を抱えかきむしる。


「地検は本丸への切り崩しに、まだ手をこまねいていて、未だ決定打も無いまま粗探しで大忙しだ。…正直言うと今俺が美山に近づけねえのはソレが理由だよ」


『どうして?』


「バカ野郎、オメエは地検の奴らがどれだけ質が悪いのか知らねえのか?アイツら下手したらオメエらヤクザモンより質が悪いぞ」


『ヤクザモンを前にして言う事じゃねえだろ』


「まあな。とにかく、今は美山に現職の警察官が近付く事は難しいんだよ。わかるかなヤマモト君?」


木村は無知な俺を見下しているのをまざまざと見せるように言い、ムカつくニヤケ面のままコーヒーを啜る。

俺は複雑になっていく話に頭を抱え、僅かに冷め始めたコーヒーの表面に映り込む歪んだ蛍光灯の光を眺め続けた。