銃弾は足の甲の辺りに着弾し、奴は一瞬ガクっと姿勢を崩すが、痛みを感じないかのように冷静に此方に向けて撃ち返してきた。
『――だっくそっ!!何なんだヤツァ!!』
俺はまた間抜けに石灯籠の影に追いやられる。
―――少しばかり汚ねえが・・・
俺は僅かに石灯籠の影から顔を出し、奴の銃口が此方を捉えていない事を確認すると、ニューナンブの銃口の先を奴らのもみ合っている足元に向ける。
―――悪く思わないでくれよ
俺は狙いを定めると、躊躇する事なくアメリカ人の膝を撃ち抜いた。
アメリカ人は境内に響き渡る悲鳴を上げ、スーツの男は俺の期待通りに、少しおののき慌てた様子を見せる。
そして間髪入れず、スーツの男の右腕に銃弾をぶち込む。
銃弾は狙った場所から僅かにズレ、奴の右肩の辺りに着弾したが、奴は反動で後方に仰け反るように倒れ、銃をその手から落とす。
俺は石灯籠の影から飛び出すように走り寄り、奴の落とした銃を遥か後方へ蹴り飛ばす。
『無駄な抵抗はするな!!躊躇せず射殺する!!』
銃撃され倒れていてもなお、すぐさま立ち上がり状態を冷静に立て直そうとする奴の頭に、ニューナンブを突きつけ一言放つ。
俺はこの瞬間、初めて奴と面と向かい、奴と視線を交える。
―――思ったよりも若いんだな
二十代前半、端正な顔立ちの涼しげな表情をした男だった。
ただし、奴の眼差しには躊躇無くオートマチックをぶっ放すような得体の知れない闇のようなモノは確かに感じ取れた。
そして銃を突き付けられているにも関わらず、奴の表情は一切の曇りも見せず、冷静に機会を窺っているように見て取れた。
奴の目線の先がほんの一瞬だが、横で、俺の銃撃を受け膝を抱え悶え苦しんでいるアメリカ人に向けられる。
俺がその僅かな変化に気付き、奴を警戒したのも束の間、奴は左の袖口を僅かに揺らし、僅かに姿勢を起こす。
『なっ!?』
奴の袖口からキラリと金属質の物体が見えたかと思った次の瞬間、境内に一発の銃声が響き渡った。
『ぐあぁっ!!』
―――――京子
『エ~!!・・コレもなのぉ?!』
トラックのドアは激突の衝撃で歪んだらしく、唯でさえ車体が高く力の入りにくいドアトリムは簡単には開いてくれなかった。
運転席のドアを諦め、トラックの後方から助手席側に向かおうとすると、嫌な感じの男が進行方向を背中で塞ぎアタシを遮る。
「出るな!!陰にいろ!!・・・トラックが動くかどうかは試したのかよ?」
男が此方も見ずに、命令するように指示する言葉がアタシをイラッとさせる。
『ドアが開かないんだから試しようがないじゃない!!助手席に廻るから退いて!!』
男は呆れたような溜め息を吐いて、前方を銃口で指し示すような動作を見せる。
「すぐそこまで来てるんだぜ・・・あの素人連中でも、アンタのデカケツ撃ち抜くのは容易いだろうよ・・・」
『なっ!!アタシそんなに尻デカくないから!!』
「なんにしても、今トラックの陰から出たら終いだ。トラックは諦めて、さっさとこの場から離れた方が身のためだぞ・・バカオンナ」
アタシは男の言動に益々腹が立ち、男の頭を平手で叩く。
「っつ!!何すんだバカオンナ!!」
『うるさいバカオトコ!!何とかしてみせるわよ!!』
アタシはムキになりながら、態と怒りを露わにするようにツカツカとトラックのフロントガラスの方へ向かう。
衝突の時に、フロントガラスを突き破り人が投げ出された。
上手くすれば割れたフロントガラスから運転席に入れるかもしれない。
『うん、いける』
フロントガラスはボロボロに割れていて、アタシが容易に入り込めそうだった。
アタシはトラックのひしゃげたグリルに手を掛け、完全に潰れたバンの後部バンパーに足を掛け、フロントガラスの大穴を目指し登り始める。
『―――キャッ!!』
フロントガラスの穴から中をのぞき込もうとした時、トラックの左側に回り込んできたゲリラが、アタシの影を見付け撃ってきた。
アタシは頭を下げ、トラックとバンの僅かな隙間で動けなくなってしまう。
『ちょっとぉ!!バカオトコ助けてよぉ!!』
アタシは仕方なく、嫌味なバカオトコに助けを求める。
―――――傭兵
『――ったく、何なんだアノ女?!』
一端にも素人ゲリラ達が、完全にトラックを包囲した途端に撃ち始めやがった。
そこへ持ってきて、バカオンナが余計な面倒を起こしてやがる。
「キャッ!!ちょっとバカオトコ聞いてんの?!」
コッチはコッチで応戦するので手一杯だと言うのに、バカオンナは声を荒げてきやがる。
『ったく、いっそ撃ち殺しちまった方が良かったな・・』
俺は無駄に撃ち続けるだけの素人ゲリラのリロードのタイミングを見計らう。
『ふん、ド素人が』
案の定考え無しに撃ってるゲリラ共のリロードタイミングは重なり、弾雨が止む瞬間が出来る。
俺はその瞬間を逃さすにゲリラ共の一団に手榴弾を投げ込む。
爆風が大きな砂煙を上げ、数人のゲリラが吹き飛ぶ、慌てて態勢を整えようとする他の一団にも、すかさず手榴弾を投げ込む。
そして次の弾雨が始まる前に、バカオンナが叫び続けてるトラック前方へ向かう。
『――ははっデカケツが挟まったか?』
トラックとバンの間で無様な格好をしているバカオンナに、精一杯の労いの嫌味を吐いてやる。
「アンタって、つくづく嫌味なオトコね?」
『皮肉屋って言ってくれよ』
「そんな事より、道のアッチから撃ってくるの何とかなんないの?運転席に入れないんだけど」
『・・どれ』
俺は溜め息を吐きながらその場にしゃがみ込み、トラックの下から道の向こう側を覗き込む。
道の向こうからトラックに歩み寄る二組の脚が見え、俺はその二組の脚を、地面に腹を着け少し窮屈な姿勢で撃ち抜く。
二組の脚は、激しい叫び声を上げながらその場に倒れ、俺は姿勢を変えないまま、倒れたゲリラ二人の頭と体に銃弾をぶち込む。
そして素早く立ち上がり、無様な格好で挟まったバカオンナに顎で合図した。
オンナは相変わらず礼の一言を言わないまま、そそくさとトラックとバンの間を登り始めた。
『ふんっ!どうもくらい言えよ!』
俺はオンナがトラックの割れたフロントガラスに上半身を入れ、そのケツが収まったのを確認すると、状態を整えたであろうゲリラ共の相手をする為に、再度トラック後方へ向かう事にした。
「ネエッ!!」
俺がトラック後方に体を向けるやいなや、トラックの中からオンナの声が響いた。
「この人、生きてるっ!!」
―――――中島
奴の銃弾が俺の肩をかすめる。
――っくそ!!デリンジャーか!!
奴の袖口から垣間見た光に身を構えたが、完全に弾道を見切る事は適わなかった。
単発式のデリンジャーに俺は完全に不意を突かれた。
奴は俺の怯んだ隙を見逃す事なく、デリンジャーを投げ捨て、片手で体操選手のような身のこなしで立ち上がり、俺が撃ち抜いた筈の左足を軸足に右足を蹴り上げ、俺が構えているニューナンブを上空に放る。
『がっ!!』
蹴り上げられた右足は振り下ろされる事の無いまま、真っ直ぐと俺のみぞおちを激しく突く。
そして俺はその一瞬の出来事に贖う術を持てぬまま後方へ倒れ込む。
『げはっ!!』
胃液にも似たような唾気が喉奥から押し寄せ、嗚咽の様に咳き込み激しく唾を吐き出す。
奴はそれを見届けると、ゆっくりと右足を下ろし、落ちたニューナンブを拾い上げ、今度は逆に俺に銃口を向ける。
――情けねえ
飄々と街を歩き、表参道あたりの嫌味なカフェテラスなんかで、涼しげにダージリンでも飲んでいそうな若造に、手も足も出ないまま俺は殺されるのかと思うと、みぞおちの痛みはより痛烈に感じた。
奴は俺のそんな憤りを知ってか知らずか、無言のまま、ゆっくりとニューナンブのハンマーをカチャリと押し上げる。
奴の目は涼しいままで、その奥に何の躊躇いも無い深い闇を覗かせる。
奴とその目線を交えた時に、俺は初めて気付く。
格が違うとか、そう言った話じゃない、奴の中に通っているモノそのものが違う。
それは俺に恐怖と似た違和感を覚えさせる。
――コレで終わりか・・
俺が何もかもを諦め、静かに目を閉じようとした瞬間、後方でアメリカ人が石畳を『ジャリッ』とならし、撃ち抜かれた片足を庇いながら立ち上がる。
奴はつぶさに俺の背後のアメリカ人の動きを察知し、アメリカ人の足元めがけ銃弾を放つ。
「ひいぃっ!!」
石畳を激しく弾く音が境内に響き、切り立った渓谷の様にこの空間を圧迫するビル群が瞬く間に音を吸い取り、すぐに静寂が支配する。
そんな静寂の中、俺とアメリカ人の荒くなった呼吸だけが、奴のすっかり落ち着いた呼吸を際立たせ、これ以上無い程の劣勢で在ることを見せ付ける。
そして奴は、ニューナンブの銃口を俺の目先に戻す。
銃口から僅かに煙が上がり、奴の顔の前あたりで揺らぐ。
――俺はニューナンブの初弾に空砲は入れない、普通なら今の一発で弾倉は空になるが、残念な事に俺のニューナンブには確実に後一発残っていやがる。
自分のスタイルが仇になった事が悔やまれる。
奴は表情も変えず、本来は必要のない撃鉄を起こす。
それは正に執行の合図のようで、俺は背中を蠢くように上がってくる猛烈な寒気と緊張に体が強張り、視界を失いかける。
「銃を下ろせ!!」
靖国通り側の入り口の石鳥居の方から、聞き覚えのある声が響く。
俺と奴の目線は石鳥居の真下に奪われる。
撃ち抜かれた左肩に血を滲ませながら腕を垂らし、右手で銃を構える小池の姿がそこにあった。
俺が小池の姿に一瞬安堵したのも束の間、奴は小池目掛けて即座に発砲した。
『小池ぇーーっ!!』
小池は銃口が自分に向いた瞬間に反応し、体を横に避けたが、奴の銃弾を避けきる事は出来ず、左の二の腕あたりを弾かれ、後方へ倒れた。
『くっそ!!』
俺は奴が此方に振り返る前に、激しく地面を蹴り出し奴の懐に飛び込む。
そして奴を後方に弾き飛ばすように突進する。
俺の動作に憎たらしくも奴は気付き、体を逸らす。
奴を弾き飛ばす事は出来なかったが、大勢を崩す事は出来た。
俺はその隙に小池の方へ駆け寄る。
『小池生きてるかっ?!』
「は・・はい、なんとか」
『よしっ銃を寄越せ!!』
息も切れ切れの小池から銃を受け取り、すぐさま奴に銃口を向ける。
『その銃に残弾は無い!!今度こそ無駄な抵抗は止めて、その場に伏せろ!!』