―――――中島
銃声が止む。
非常口に横たわる小池の亡骸が頭を過ぎる。
悲しみに暮れる婦人に、労いの言葉すら掛ける事の出来ない、間抜けに佇む制服姿の自分を想像する。
――そんな場面でしか制服は着ねえな
くだらない事を脹ら脛の痛みを堪えながら、数回の瞬きの内に考える。
『――イチ・・ニィ・・』
静かに声に鳴らない位に呟きながら、呼吸と体のタイミングを計る。
俺が飛び出すタイミングを見計り、いざと言う瞬間「――チンッ」と緊張感を削ぐような音がフロアに響く。
『――っくそっ!!エレベーター』
ドアの開く音と同時に、サイレンサーに押し殺された「パシュリ」という掠れた銃声が聞こえ、すぐさま何かが倒れる音がする。
呼吸もタイミングも関係無しに、俺はやや慌て気味に飛び出す。
案の定スーツの男は、俺の飛び出すのを待ち構えながら、アメリカ人をエレベーターの中に蹴り入れていた。
俺は通路の反対側に飛び込みながら、奴に向かって一発放つ。
奴も呼応するように撃ち返す。
残念ながら手応えは無い。
俺はそのまま通路の反対側の角に飛び込み、次のタイミングを素早く計る。
一瞬だったが、運転手の姿は無かった。
既にエレベーターに乗り込んでいるんだろう。
「ヌゥ」としたエレベーターのドアの閉まる音がする。
またしても、タイミングも関係無しに飛び出す。
既にドアは閉まっているエレベーターの前まで駆け寄る。
エレベーターが下層へ向かって動き出す振動がドアに伝わる。
『・・っくそっ!!』
脳裏に小池の顔が浮かび、俺は開け広げられた非常口へ向かう。
倒れている小池の姿は見えない。
そのまま非常階段に飛び出し、周りを見渡す。
『小池!!』
小池は四階と三階の間の踊場で、肩を抱えながらうずくまっていた。
「・・つっ・・中島さん」
急いで小池の元に駆け寄ると、奴は苦悶の表情を浮かべながら声を絞り出す。
『おい生きてたかコノヤロー』
「中島さん・・弾は抜けたみたいなんで・・俺は平気です。奴らを」
小池のジャケットの左肩に空いた穴は、綺麗に後ろまで抜けていた。
どうやら小池の言う通り、取り敢えずの止血さえしていれば大丈夫だろう。
『――馬鹿。最初から、そのつもりだよ。そのまま、しっかりと押さえとけ』
俺は小池に憎まれ口を叩きつけ、滑り止めの付いた鉄板の非常階段を駆け下りる。
カンカンカンと耳障りな足音が、弾の掠った脹ら脛に僅かな痛みを与えるが、それ以上にこめかみをジンジンと刺激する熱に俺は支配されている。
―――――傭兵
トラックの停まっているホテルの前は、正に戦場の様を呈している。
革命軍の防衛線は完全に崩れ去り、残党がホテル内から応戦する。
京子とか言う女が言っていた通り、おそらくは復権派であろうその部隊は完全に革命軍よりも優勢だ。
――つまりは、このままじゃ俺もヤバいって訳か
クライアントが武器を売ろうとしてたのは革命軍だろう。
正直な所、どっちがくたばろうと俺の知った事じゃねえが、取り敢えずはクライアントとトラックをどうにかしないとならない。
ここまで来る間に三発は使った、弾倉に残っている弾は九発。
相手はロシアか何かのお古だとしても、腐っても自動小銃を持ってる十数人の血気盛んな黒人ゲリラ。
『――分が悪い』
周りを見渡し、打開策を考える。
絶望的な程に手が無い事に気付き、乾いた溜め息が漏れる。
取り敢えずは自分だけでも助かる為の、逃走経路を模索しだし始めた時に、ホテルの方から一際デカい音が耳をつんざいた。
振り向くと、ホテルの二階の辺りに復権派の奴らがロケット弾をブチ込んでいた。
『――っくそっ!!あんなモンまで持ってんのかよっ!!』
革命軍は一気にトドメを刺され、煙を上げ崩れるホテルの白壁と共に、革命軍の残党の亡骸が無惨に地表に打ち付けられる。
復権派は勢い付いて、一気にホテルに詰め寄り始める。
俺には逃走経路を模索する事しか、選択肢は無くなった。
勢い付いた復権派が、ホテルへ侵入しようとした時に、安っぽい取って付けた様なホテルのスチール製の門扉を突き破ってトラックが飛び出して来た。
『――おいおい無事だったのかよ』
トラックを運転してたのは、俺と一緒に雇われた仲間のスコットランド人だった。
助手席には、似合わないサファリジャケットを着たクライアントも乗っている。
飛び出したトラックは、虚を突かれた復権派共の銃撃をかいくぐり、大通りへ向けて疾走する。
―――――中島
もつれそうな足を勢いに任せ、一気に非常階段を駆け下りる。
脹ら脛を伝う流血が、靴下に染み込み違和感を覚えるが、不思議と痛みは緩い。
地上まで、あと三、四段って所でエンジン音が聞こえ、俺はビルの壁を沿うように突っ走り、勢い良く路地へ飛び出す。
俺の足音に感付いていた例のスーツの男が、待ち構えていたように此方に発砲する。
俺は路地を走り抜けるように、ニューナンブで応戦する。
俺の真横をヒュンと横切る奴の弾の音が耳障りに囁き、俺の撃った弾がドイツ車の窓ガラスを突き割る音が暗い路地に響き渡る。
――確実な手応えはあった
俺は路地を走り抜け電柱の陰に逃げ込み、しっかりと手に感じた感覚を確かめるように銃を握り直す。
そして電柱から、そっと顔を出し、奴らの様子を確認する。
俺の撃った弾はドイツ車の後部ガラスを突き割り、運転手の後頭部を撃ち抜いていた。
スーツの男は、既に後部座席に乗り込んでいたアメリカ人を、乱暴に引きずり出し、襟首を掴んだまま明治通り方向へ走り出した。
俺は形勢の逆転した事を悟り、ニューナンブを抱えたまま奴を追う。
足がもつれ絡まり転びそうになるアメリカ人は、スーツの男を酷く苛立たせ、その都度奴は乱暴にアメリカ人の襟首を引き上げる。
そして、しきりに此方に振り返りオートマチックで俺を威嚇する。
俺は一定の距離を保ちつつ、慎重に奴らを追う。
奴はそのまま裏路地を抜け、明治通りに出た。
昼間は何処から湧いて来たのか不思議な程の車が往来するが、深夜の明治通りは、靖国通りからあぶれたタクシーが数台停まっている位なもので、ひっそりとしていた。
奴はそのまま新宿駅方面へ走り出したが、途中アメリカ人が何かを叫びながら奴の手を放れた。
そしてそのまま必死に走り出し、花園神社の明治通り側の入り口に入っていった。
奴は虚を突かれ一瞬呆然としたが、すぐにアメリカ人を追い花園神社に入っていった。
奴らを見る限り、奴らの間に信頼関係は無いか、もしくは既に破錠しているだろう。
奴を出し抜き、アメリカ人を確保する事は容易かも知れない。
俺はこの機を逃す訳にはいかない。
―――――京子
バンまで数メートル。
建物の陰から、通りの様子を窺う。
バンから数メートル離れた所に、二人の銃を抱えた復権派のゲリラが、まるで通りを巡回するように歩き回る。
革命軍の残党を捜してるんだろうけど、迂闊に飛び出せば撃たれかねない。
壁に背をピッタリと付けて、口から飛び出してしまいそうな心臓を抑えつけるように、胸に手を置き呼吸を整える。
遠目だけど、子供達がアタシを不安と期待に溢れた目で見ているのが窺える。
――あの子達をここで死なせる訳にはいかない。
アタシは意を決してバンの方へ駆け寄る。
足音に気付いた一人が、アタシに向かって何かを言いながら銃を向ける。
アタシはゲリラを無視して、バンの運転席側のドアに手を掛ける。
『・・・ぐっ・・ウソやだ』
ドアは開いたけど、バンの前方が完全に土壁にハマり、ドアが開ききらない。
虚しく僅か数センチ開いたドアがアタシを一気に絶望させる。
『キャッ!!』
もう一人のゲリラが威嚇の為に、バンの後部ガラスを銃で撃ち割る。
『キャッ!!』
今度はアタシの足元に目掛けてバラバラと銃を撃ってくる。
アタシはこれ以上の抵抗を許されず、両手を挙げて、ゲリラに『撃たないで!!』と叫ぶ。
ゲリラは一旦銃撃を止め、顔を見合わせた後、銃を抱えたまま此方に歩み寄ってくる。
『お願い撃たないで!!ただアタシは、教会に戻りたいだけなの!!』
得意じゃないけど、通じるかも知れない英語で必死に懇願する。
ゲリラ二人は私の目の前まで来ると、再度顔を見合わせた後、無表情に銃の柄で勢い良くアタシのこめかみを殴る。
『ぃっつっ!!』
アタシはそのまま地面に叩きつけられ、乾いた土を食わされる。
ジャリジャリとした口内から、土を吐き出し顔を上げると、ゲリラの一人が銃口をアタシのオデコに突き付けて、無表情のまま何かを告げる。
「マスム族の何とか」と言っていたけど、訛りの強い現地の言葉で上手く聞き取れない。
ただ確実なのは、彼がアタシの額を撃ち抜くつもりでいる事が、彼の目から見て取れた。