『・・・五千万?!』


「はっはい!!」


思わず大声を上げちまい、オヤジがビクつく。


『オヤジ・・・何で美山の所からそんなに借りやがった?』


「私じゃ無いんです・・・その・・息子が」


オヤジは申し訳なさげに声を震わせ、立ち尽くした。

俺も一瞬頭が真っ白になり、その場で口を開けて放心したい気分だったが平静を装い、ジャケットの内ポケットから携帯を取り出した。


『・・まぁ仕方ねえや、オヤジ取り敢えずラーメンと餃子早くしてくれ』


「へ・へい」


俺はオヤジを促し、調理場の方へ追いやり、携帯の着信履歴から組の番号を探し電話する。


「――はい」


電話先の声で電話に出たのは若頭のヤナギだと判った。

俺は電話に出たのがヤナギだった事に安心したが、同時にとても憂鬱になった。


『お~俺だヤマモトだ』


「あっオジキ。どうしたんで」
 
『なぁヤナギ・・・今金庫にいくらぐらい有る?』


「なんです突然?」


電話の向こう側でヤナギが怪訝な表情をしているのが手に取るように解る程、ヤナギの声のトーンが変わった。


『いや・・いくらかと思ってな』


「上納金も含めて、十本程ですが・・・オジキ、なんです?」


『そうか分かった。・・なぁヤナギ、ラーメンは好きか?』


「・・え・ええ、ラーメンは大好きですが」


『そうか良かった。・・なら暫くはラーメンでも平気だな』


「ハァッ?!なんですソレ?・・・オジキいったい何を――」

これ以上は追求が厳しくなりそうなので、俺はヤナギの言葉を遠ざけるように携帯を耳から離し通話を切る。

通話を切った携帯がすぐに鳴る。

表示部に「事務所」と表示されているので、俺は携帯の電源を切る。

――さて、どうしたもんか

 
――啖呵切った手前、今更美山に謝るのも格好が悪すぎる。

体裁だけじゃ無え、義理も通らねえ。

――笑い話じゃ済まねえよなぁ・・・


「どうぞ」


俺が頭を痛めながらビールを流し込んでいる目の前に、オヤジがラーメンを持ってくる。

縁に中国風の龍が踊る、昔ながらの赤い丼に、細麺のラーメンが透明度の高いスープに沈む。

最近気取ったラーメンが多いが、俺は『中華そば』と言った感じの昔っぽい、こんなラーメンが好きだ。

――贅沢を言えばナルトなんかが浮かんでいると最高なんだが・・・


「ヤマモトさん?」


『ん?』


「本当にスイマセン」


俺がレンゲでスープをすくい、薄い琥珀色を味わおうとするとオヤジがそう言って深々と頭を下げる。

俺は『気にするな、何とでもなるさ』と言い、スープをすすり飲む。

想像した通りの味が口の中に広がる。

――ショボい味だ・・俺好みの安っぽいショボい味だ。

―――――中島



 「国土再生舎・・・四階の一番奥の筈です」


小池がエントランスのプレートを確認し、俺に小声で囁きかける。


『・・小池』


「はい」


『ベッドでもそんな風に囁いてるだろ?・・・気色悪いぞ』


「中島さん!!」


小池は血相を変えるが、声を荒げる事が出来ず、オカマみたいな仕草で俺を叱りつける。

俺は鼻で笑い、小池はもどかしく睨み付ける事しか出来ず、益々俺を楽しくさせる。


『小池、お前は非常階段で行け。俺は膝が悪いからエレベーターで行く』


「中島さん!!」


小池がまたオカマの様に叱り付ける。

俺は『分かった分かった』と言った感じで、両手を挙げて薄暗い雑居ビルの階段に向かう。


「中島さん」


『ん?』


「俺思ったんですけど、中島さんって変態ですよね?」


『ハァ?』


「楽しんでるでしょ?踏み込む前の中島さんって、いつもそんなですよね・・」


小池が捨てゼリフの様に吐き捨て、非常階段へ向かう。


 
銃口を常に目線の先に合わせ、階段を音を立てないように駆け上がる。

愛用の幅広なドイツ製の革靴が、階段の滑り止めを踏み締める時に僅かにキュッと音を立てる。

――いつ頃からだ?

闇に身を潜める事を意識しなくなった。

自然と言ったら自惚れて聞こえるが、気配を消して闇と同化していく感覚に快感を覚える。

もしも出会い頭に敵と向き合っても、奴が俺に気が付く前に闇と共に仕留める自信がある。

こんな感覚が俺を抑揚させ、小池に「変態」と言わせてしまうのだろうか?

―――ふんっ馬鹿馬鹿しい。

小池の一言で馬鹿げた事を考えてしまう。

馬鹿な事を考えながら、ひっそりとした雑居ビルの四階のフロアに着く。

フロアを見回し状況を確認する。

廊下の先に見える非常口の扉の裏では、小池が身を屈めてせっせと安っぽいツールを使って解錠してる事だろう。

目的の部屋の手前の角に潜んで、小池の到着を待つ。


 
この位の運動で息が上がる訳じゃないが、落ち着く為に呼吸を整える。

鼻息ですら向こう側の非常口裏に居る小池に聞こえてしまいそうな程、ビルの中はヒッソリとしている。

 カチャリと音がして、小池を確認する為に角から僅かに顔を出し覗き込む。


『・・くそっ』


開いたのは非常口じゃない、奴らの部屋のドアだった。

目的のアメリカ人と、奴を此処へ連れて来た男と運転手だ。

小池が確認もせずに非常口を開けたら、奴らと鉢合わせだ。

馬鹿な小池が解錠の喜びで勢いよく扉を開けない事を祈りながら、俺は身を潜める。

奴らの足音がコチラ側に近付く、後二秒としない内に俺の真横に来るだろう。

俺は小池が来るのを待たず、その瞬間を狙う。

 
「カチッ」と聞こえるか聞こえないか位の、本当に僅かな音が俺の耳に入り込んできた。

足音の一つがその瞬間止まる。

ヒヤリとした感覚が背筋を走る。

次の瞬間、はっきりと「カチャリ」と音を立て、重めの鉄製のドアの蝶番が擦れる不快な音が「キィー」と鳴る。


―――あの馬鹿!!


足音の一つは確信し、振り向く動作をしている衣擦れの音に変わる。

他の二つの足音も止まり、一つは先の足音と同様に振り向く。


「こっ・・公安警察だ!!」


小池は扉を開けて、すぐさま状況に気付いたらしく、虚勢を張るように声を上げる。


――ったく、馬鹿が

要領の悪い馬鹿のせいで、順番バラバラだよ。


『アメリカ人!!お前の身柄をカクホする!!』


やむを得ず、俺もニューナンブを掲げて飛び出す。

 
飛び出すとスーツの男と運転手は小池の方を向いていて、アメリカ人だけがコチラ側を向いていた。

アメリカ人は鼻先の銃口を寄り目で眺めながら、明らかに怯えていた。

スーツの男と運転手はコチラ側に振り向く気配を見せない。

 僅かにスーツの男の首が動く、それを確認する様に運転手の首が呼応するように動いた。


『コイケーッ!!気を付けろー!!』


俺が叫ぶと同時に運転手は腰元に手を運ぶ。

運転手は「パシュリパシュリ」と二発、サイレンサー付きの銃で小池の方へ放った。

そして俺が運転手に銃口を向け撃ち込もうとした瞬間、今度はスーツの男がアメリカ人の頭を掴み乱暴に除けて、俺の鼻先に銃口を向ける。


『―――くっ!!』


俺は倒れそうな位に激しく身を屈め、頭を掴まれてヨロケるアメリカ人を後方に蹴り飛ばす。

アメリカ人は体勢を立て直せないまま、後方へスーツの男を巻き込みながら倒れる。

奴らが遮ってた視界が開け、すぐさま俺は運転手目掛けて銃弾を放つ。

 
不安定な体勢で狙いを定める事は困難だったが、9ミリの弾丸は奴の右上腕の外側を確実にえぐった。

奴は銃撃を止め、右手を押さえる。

隙を許す暇も無く、スーツの男は倒れながらも、アメリカ人を乱暴に除けてコチラに向かって発砲する。

俺は瞬間的に通路の角に飛び込む。

奴はオートマチックで三発連続発砲する。

幸いに直接的な被弾は免れたが、奴の放った銃弾が俺のふくらはぎをかすめる。

俺はそのまま通路の壁に背を当て、奴の次の出方を待つ。

運転手は再度撃ち始めたらしく、サイレンサーを通る銃弾の音が数発聞こえる。

―――小池の応戦する音が聞こえない・・・

飛び出せば、待ち受けるスーツの男の恰好の的になる。

――さて、どうする?