笑うようになってから私の見える世界にはどんどん色が付いていった。何気なく過ごしていた毎日が全部意味のあるものになっていく。もう何年も学校に通っては毎日を飽きるほど繰り返していたのに、大人になった今でも高校3年生のあの一年だけは毎日どんな日を過ごしていたのか昨日のことみたいにはっきりと覚えている。
 ずっと不幸だと思っていた私の、一生分の学生時代があの一年間だったんだと思う。小学校よりも、中学校よりも、高校1.2年よりも、大学生の今よりも。どんな時よりもずっと一生懸命生きていて、その素晴らしさを私に残してくれた1年だったのかもしれない。

 あなたの事を知って一週間くらいは、気がつくともうあなたを探していた。
 通学路。駅のホーム。中庭。廊下。図書館。体育館。校舎の前。
 どんな場所でも一番に探してしまうのはまだ名前も知らないあなただった。

 また会えるかな、もう一度会いたいな。そう思って過ごす毎日が続いていく中で、ある体育の授業だった。その時はまだ体育がはじまる前の休み時間だった。体操服に着替えて、体育館に入る直前に体育館シューズに履き替えようとした。友達は先にシューズを履き終わっていて、中々はけなかった私は躓いて転びそうになる。
 私が体を起こそうとした時だった。

「体育祭のあの人、あそこにいるよ。」
 あーちゃんがこっそりと私に耳打ちをした。私はビックリして、すぐに顔を上げた。沢山人がいる体育館の中で、私のピントはすぐに一人の男の子に合った。
 私の視界の中心にはあの人が映っている。その現実を呑み込んだとき、また私の心臓がどくんと跳ねた。
「あの人同じ体育だったみたいよ」
 友人がニヤニヤしながら私の方を見ながら指を指す。それを見て思わず「やめてよ!そんなあの人にバレたらどうするの!」と怒ってあの人に背を向けてしまった。上がりそうになる口角を必死に下げて、細まりそうになる目頭に力を入れた。