どうして出来ないと
勝手に決めつけるのだろうか?

 どうして可哀想だと
勝手に決めつけるのだろうか?

 お前らが当たり前に出来ることが
俺らには、出来ない。
 だが、お前らがしたこともない経験を俺らは、してきた……。

 悲しい時は、泣けばいい。

悔しがってもいい。

 でも、生きることを諦めるな!!
俺達は、自分のためだけに努力をしている訳ではない。

 応援をしてくれる人が居るから前に向きに頑張れるのだ……。

諦めなくていい。

 未来なんてどうなるのか誰にも分からないのだから。

信じてもいい。

 新しい出会いがある限り
まだ、そこに出会えていないだけだ。

 助けてもらいたい時もある。
だが同情してほしい訳ではない。

 障害は、甘えではない。
お前の心が弱いだけ
誇りを持て。自分を信じろ。

全ては、お前の心次第……。


 私……二階堂結衣(にかいどうゆい)は、学生の頃に絶望した。
 インターハイの優勝を目指して今まで、頑張ってきた矢先、交通事故にあう。

 命に別状は、無かったがその代わり足の怪我は、手術をしてボルトを入れることに。
 それが原因で出場することも速く走ることも出来ずに引退をした。

 日常生活には、不便はないがもう前のように走れなくなったからだ。
 あんなに一生懸命やってきたのに。
悔しくて辛くて……たくさん泣いた。

 陸上の物は、全て捨てて
それに関係のあるモノは、見ないようにして過ごす日々。
 ろくな趣味もなく無気力でしかない。

 やる気も起きずダラダラと生活を過ごす。
すると呆れた母に無理やり大学を受験させられた。

 そして数年後。卒業を迎えると今度は就職問題。
 なかなか就職先が見つからず、お先真っ暗な人生に嫌気を差していたら一社だけ合格。
 その会社で凄い人に出会ってしまった。
まさか、のちに私の人生に大きく関わるなんて、この時は、夢にも思わなかったけど……。

「あの……今日から営業課に配属されました
二階堂です。よろしくお願いします」

 入社して当日。
深々と頭を下げて私が担当になる課長に改めて自己紹介する。

「……知っている。面接をしたのは俺だ」

 いや、確かにそうだが……挨拶って大事じゃない。
 ぶっきらぼうに言い返されたのは、日向(ひゅうが)課長だ。30代後半ぐらいだろうか?
 高身長で鋭い目付きが特徴的だ。
そして睨まれるとかなり怖い。
 嫌だなぁ……この人の部下になるのは。

「一通り集まったな。部署まで案内するから
着いてこい」

 課長は、そう言うと前を歩き出した。
 私の配属された営業課は、私を含めて4人配属されることになった。ハァッ……ツイてない。

 ため息混じりに歩いていると、前に歩いている課長の歩き方に少し疑問を持った。
 右足の歩き方に少し違和感があった。
庇いながら歩いている。癖だろうか?

 まぁ、別に興味がないし。どうでもいいけど……。
 それよりも所属先を替えてくれないかしら。
私は、そんなことばかり考えていた。
 すると隣に居た同期の女性が私に話しかけてくる。


「ねぇねぇ、二階堂さんだっけ?
二階堂さんって彼氏居るの?」

「えっ?居ませんけど……」

 何んで急に彼氏のことを聞いてくるのかしら?
仕事にまったく関係ないのに。
 私は、ちょっと失礼な人だなと思った。
大体彼氏なんて居たことがない。

 部活一本で過ごしてきたから、彼氏とか恋愛とか後回しにしてきた。
 こんなことになるのなら、彼氏でも作っておくべきだった。
 そうしたら、もう少しまともな人生になっていたのかもしれないのに……。

「そうなんだ~私と同じだね。
 私は、紺野亜梨沙。よろしくね。
ねぇ今度。良かったら一緒に合コンに行かない?
 人数が足りないのよねぇ~」

 すると急に、この人は、合コンに誘ってくるではないか。
 まさか合コンの誘いをしてくるなんて夢にも思わなかった。
 しかも苦手そうな子だし……。

「えっ?いや、それは……」

 胸元に大きく開いた服にミニスカート。
メイクもネイルもバッチリで女子力の塊みたいな感じだ。
 地味でスポーツ馬鹿だった私とは、話が合わなさそうだな。
彼女に対して私は、そんな印象を持った。
 無難な断り方はないかしら。どうやって断ろうと考えていると

「おい、そこ。ベラベラと喋ってるな!!」

 それを聞いていた課長は、私達に怒鳴ってきた。
ビクッと驚いて肩が震える。
 私達は、慌てて謝った。ひぇぇっ~怖い。
早速怒られてしまったわ。

「す、すみません……」

「何あれ、怖いし……」

 紺野さんが怪訝そうに言ってきた。
ごもっともだ。
 確かにベラベラと話していた私達も悪いけど、そんなに怒らなくてもいいのに……。

 課長の印象は、さらに最悪に思えてきた。
何だかこの先が心配になってくる。
 こんな人が上司で本当にやっていけるのかしら?


 不安になりながらも部署に着くと皆を集めて挨拶する。
 1人ずつ自己紹介をすると仕事の指導を受けることに。
 私は、今井さんという年配の女性の指導を受けることになった。
 今井さんは、親切に色々と教えてくれたが、その間にも課長の怒鳴り声が社内に響き渡った。

「おい、何だこの報告書は!?金沢。
お前の頭は、ポンコツか?今すぐ書き直せ」

「は、はい。すみません」

 金沢さんという人は、ビクビクしながら必死に頭を下げていた。うわぁ~怖い……。
 そんなに怒らなくてもいいのに。

 凄い剣幕で怒る課長にドン引きした。
いくらなんでもやり過ぎだと思う……。
 こういう指導は、今の時代には流行らないのに……。
 すると隣で指導してくれた今井さんが、クスクスと苦笑いしていた。

「今日も鬼課長として、凄みがあるわね」

 鬼課長……?

「課長。鬼課長と呼ばれているのですか?」

「えぇ、本人に聞かれたら怒られるけど
社内では『義足の鬼課長』と異名を持つのよ」

 義足の……鬼課長?何それ?また凄いネーミングよね。
 私は、不思議に思っていたら今井さんが、詳しく分かるように説明してくれた。

「実はね。周りは、すでに知られているけど。日向課長の右足は、義足なのよ。
 事故で右足の一部を切断したらしくてね。今は、義足をつけて生活をしているの。
 それに怖いってことで、義足の鬼課長って言われているのよ!」

 あぁ、なるほど……それで。
 さすがに課長が義足だと言うのは驚いたけど、だから右足を庇うように歩いていたのかと納得する部分もあった。
 事故で……右足の部分を切断か。

 私も事故で怪我をして部活を引退した。
 普段の生活には、問題ないけど昔のようなタイムは、もう出すことはできない。

 無理に走れば痛みもあってそれが辛くて辞めた。
 それより酷い怪我をして切断したって、どんな気持ちだったのだろうか?


私の時よりも……苦しかったのだろうか?
辛かったのだろうか?
違う意味で、課長を気になり始めた。
しかし入社から1週間過ぎようとしたとき
そんな同情や気持ちは、消え去りそうになった。

「二階堂……お前。一体何を学校で学んできたんだ?
誤字が多い上に無駄な文を詰め込み過ぎだ。
お前の脳みそは、すっからかんなのか!?」

すっからかんって……。
そんな言い方しなくても。
課長の容赦ない叱られ方にグサッと
胸が刺さるような思いだった。

新人だろうが、ベテランだろうが
まったく物怖じせずに容赦なく怒鳴り付ける姿は
確かに鬼課長という名に相応しい。

「すみません……すぐに書き直します」

周りは、怒られまいとビクビクしているのが
背中からも伝わってきた。
怖いを通り越して辞めたくなってきた。

「だったら、さっさと直せ。それと野々村。お前もだ!!
まったく。最近の新人は、こんなことも
まともに出来んのか!?」

課長の怒りは、同期の野々村君にもいく。
ひぃぃっ……やっぱり怖いし辞めたい。
あんなのパワハラじゃない!!

散々叱られてしゅんと落ち込んで
席に戻ろうとした野々村君は、
よほど叱られたことに対して気に入らなかったのか
聞こえるか聞こえないかの小さな声で

「なんだよ……障がい者のくせに。
偉そうに」

言ってはいけないことを呟いてしまった。
私は、それを聞いて驚いた。だが、その瞬間だった。
デスクを思いっきり叩きつける課長。
その音に身体中が震え上がった。

課長は、ギロッと私達を睨み付けた。
その目は、鋭く恐怖を覚えるほどだった。

「ほう……?障がい者のくせにか?
なら、その障がい者の俺に叱られる
お前は、何だ?
健常者でもさぞかしご立派な存在なのか?」

「うっ……それは……」

「いいか?社会に出たら障がい者も健常者もない。
それよりも何も努力もしないで
お前みたいにグチグチ言っているような奴は、
会社には必要ない。
悔しかったら、自分の仕事を完璧にこなしてから言え。
他の奴らもそうだぞ。ダラダラと仕事をするな。
お前らは、ご立派な健常者様なら出来ることだよな?
だったらさっさと働け!
出来ない奴は、サービス残業だからな」


さらに大きな雷が落ちた。
それは……もう容赦の欠片もないほどに。
ひぃぃっ……鬼だ!!
野々村君は、半べそになりながら戻って来たが
他の先輩達から大ブーイングが飛ぶ。

「お前は、アホか。
自分で地雷を踏む奴があるか!?」

「お陰で、こっちまで
火の粉が飛んできたじゃねぇーか!!」

可哀想に……。
さらに半べそになっている野々村君に
思わず同情してしまった。
恐る恐るチラッと課長を見ると
まだイライラしているようだった。

しかし的確に指導をしている姿に
凄いなぁ……と思った。あの言い負かす言葉と態度。
彼は、義足を隠すどころか堂々としていた。
普通なら、あんなことを言われたら
傷つくだろう。

「おい。青野。さっさと企画書を提出しろ。
ちんたらやってんな!!」

「は、はい。すみません」

いや、傷ついていなさそうだ。
きっと私と違い自分に自信があって
筋金入りの精神力の持ち主なのだろう。
血も涙もなさそうな雰囲気だし……きっと。

私にとって日向課長とは、そんな印象だった。
いいなぁ……悩みとか無さそうで。
そう思いながらパソコンを打っていた。

「へぇ~そんな課長が居るんだ?」

「そうなのよ。酷いと思わない?
ガミガミとうるさいし、怖いしさ」

私は、その夜。
高校時代からの親友・岩田綾音と一緒に
居酒屋で飲んでいた。
リーズナブルで料理もなかなか美味しいため
2人のお気に入りだった。
ビール飲みながらおつまみの枝豆を食べていると
綾音は、のんきにそう言ってきた。

「え~いいじゃない。
楽しそうな職場で羨ましいわ」

はぁっ?楽しい……あれが?
綾音の言葉に私は、唖然とした。これの何処が?