「……」
また肝心なところが、かん高い悲鳴でかき消された。
それよりも、引ったくりって!!
声がした方を見ると、犯人がちょうどこっちに向かって逃げてきていた。
かん高い悲鳴をあげた女性のものであろう赤いカバンを抱え、帽子にマスクにサングラス。
どっからどう見ても怪しい。
「どけ!邪魔だ!!」
そっちが勝手に突進してきてるんでしょう。
とはいえ、このまま放置してハイそうですかと通すわけにはいかない。
こっちに突進してくる相手に向かって、一歩踏み出した時だった。
煌輝くんが猪突猛進して行ったのは。
「……!!」
「こっちは真剣に告ってるって言うのに…」
犯人の鳩尾に一発グーパンを決める。
「お前のせいでまた言えなかったじゃねえか!」
後頭部に回し蹴り。
「いいとこでじゃますんじゃねえ!とっとと失せやがれ!」
最後の一撃と頭頂部にかかと落とし。
おー。
口調変わってません?煌輝くん。
それはそうと、後ろでビクビクしてる女性にカバンを渡そうと、落ちていたカバンを拾う。
くるりと踵を返すと。
「カ、カッコいいーーっ!!!」
「「……」」
怯えてなんてなかった。むしろ、目をハートにして煌輝くんを見つめている。
もしかして、煌輝くんに惚れた?
まあ、こんなにかっこいい人が助けてくれたんだから、惚れるのも当然かもしれない。
「あの、カバンどうぞ。自分の足で立てますか?」
「大丈夫よ!ありがとう、助けてくれて!そうだ。うちに来て!今のお礼をしたいわ!」
見た目からしてこの人は20代みたいだけど、すごく美人だ。目がぱっちりしてて、小顔。
こんな人にかっこいいなんて言われたら、煌輝くんはデレデレなはず……
「……いえ、お気になさらず」
あ、あれ?
なんかもっと不機嫌になってる。
顔は笑ってるけど、目が笑ってない。
あと、オーラがドス黒い。
「遠慮しないで!さあさあ!!うちは近くなのよ!」
この人、気付いてないんでしょうか?
それとも、分かっているけど帰したくない…?
どちらにしろ、このままお持ち帰りしたいのでしょう。
それでは私は邪魔でしょうから、さっさと帰りますか。
「あの、では私はこれで」
「なんで!?私はあなたに来てもらいたいのよ?」
「え?煌輝くんではないのですか?」
「まあ、カッコいいって言えばカッコいいけど、私はあなたのようなクールな子が好きなのよ!」
「……」
そっち系でしたか。
私の周りに多いですね、こうゆう人。
どっかの総長とか、この小顔の美人さんとか。
そのあと、無理矢理連れられ美人さんの家にお邪魔させていただいた。
解放されたのは、それから1時間くらいのことで。
結局、煌輝くんの言いたかったことってなんだったんでしょう?
ついにこの時期が来てしまいました…
「今日から文化祭の準備始めるぞー」
その発言は私を地獄へ引きずりこむ言葉。
今年も地獄がやってくる。
あー…憂鬱です。
「このクラスの出し物決めるぞ」
「俺お化け屋敷ー!」
「メイド喫茶ーー!!」
ざわざわし始める教室。
上品さは何処へやらです。
私は、どうも文化祭を好きになれません。
去年は寄ってくる男性たちから必死に逃げ回り、またクラスの女子からは無理矢理メイド服を着せられ…
なんでこんな行事があるんでしょうか?
「おー。じゃ、お化け屋敷なんかどうだ?西園寺〜。参加しないのはなしだぞ」
「………」
なんで私に話をふってくるんですか?先生。
呪います。
ほら、クラスの視線が一斉にこっち向いたではありませんか…
「…賛成です。あえて言うのなら、設定は『いじめ、ダメ絶対』をつけて出したほうがいいと思います」
「……と、言うと…?」
「つまり、ストーリー性を持たせたほうがいいと思うんですよね。そうですね、例えばここの都市伝説『サナコさん』なんてどうでしょう」
先生が怯え出した。
当然です。先生はグロいのが苦手なんですから。
ついでに、『サナコさん』というのはさっきも言った通り、ここの都市伝説です。いじめや差別を考えられるかぎりの方法で受けて、自殺しようとしたサナコさんだったけど、思い至ったのです。
“私は何も悪いことはしていないのに、なんで私だけが死ななくてはいけないの?”
そう思ったサナコさんは、これもまた残虐な殺し方で自分をいじめた子を殺していきました。
そのサナコさんは今も自分をいじめたやつを探し、この街をさまよっているというのです。
そして、今のいじめっ子がもしサナコさんに見つかったりしたら…酷い殺し方をしてくる。
それがこの街の都市伝説『サナコさん』なのです。
「…いかがでしょうか?桜井先生」
「いや、もっと健康的なやつを……」
「では、人体リアル解剖showなどどうでしょう」
「なんでそんなにグロいのを!なんか俺悪いことした!?」
「日々の報復です。呪います。一生」
「ひっ!」
先生が青ざめていくのを見て、クラスのみんながクスクス笑っている。
「せんせー。俺さんせーい」
「私も賛成しますわ!」
続々と賛成意見が出て、このクラスの出し物はお化け屋敷ならぬ報復屋敷に決まりました。
新たな四字熟語ですね。
❄︎❄︎❄︎❄︎❄︎
「……ていうことをですね、今日話し合ったのですよ」
高校からの帰り道。
いつも通り迅くんと煌輝くんと並んで帰る。
煌輝くんはまだぶすっとしたまんまですが。
「へえ、報復屋敷……行ってみたいな!」
「ふふ、ぜひ来てください」
「菜乃はなんの役やるんだ?」
「私はメインの主役をやるんですよ!『サナコさん』ですっ」
今回はウキウキしてるんですっ、私!
だって男子から逃げまわらなくていいし、それに人を脅かすの、大好きなんです!
まあ、そのことを話すと大抵の人が引くので、秘密ですが。
❄︎❄︎❄︎❄︎❄︎
翌日から準備はスタート。
先生はどっかに逃げていて見つからないけど。
ああ、楽しみです!
…って意気込んでた私は今は何処へやらです。
「ねえ、菜乃さん。これを着てみてくれないかしら?」
そう言って差し出されたのは、白い服に血(偽装ですよ?)の付いた服。
ワンピースで、着やすそう。
……これを着ろって?気分が相当落ちましたよ。
「百合……い、今じゃなきゃダメですか?」
「ええ!」
どんだけ着てほしいんでしょう。
数分後…
「…着ましたよ?」
私は根負けして、血だらけの服を着たのでした。
これ、着なきゃいけないんですか?
「ああ!やっぱり似合いますわ!いつもは人形のようにお可愛らしい菜乃さんですけれど、クールな一面もあって、絶対似合うと思ったのです!」
「あ、ありがとう…?」
「クールな菜乃さん!私は好きですわ!この服を着ることでよりクールな一面を強調して……」
「……」
なんか、それ私ですか?ってくらい違う方に私のイメージいってませんか?
私は別に、可愛くもなければクールでもないんですよ?
あ、でもそんなことはわかってますか。
それなのに私を人形に例えるということは。
「日本のお人形さん…いや、お人形さんと言ってもこけしのような…暗いと言いたいんですね」
「へ?」
「だからサナコさん役に選ばれたんでしょうか?まあ、当たってますが」
「ちょ、ちょちょ菜乃さん!?誤解してません?皆さんは菜乃さんがサナコさんのように美しいから選んだのですよ?」
別に慰めてくれなくてもいいのに。
当たってることなんですから。
「チラシでも張ってきますね」
「な、菜乃さん!!ぜひ私も一緒に回らせてくださいな!菜乃さんの魅力についてまだまだ話し足りないのですよ!!」
それから。
1時間くらい、私じゃない私の話をしていたのでした。
煌輝said
もう少しで、文化祭。
菜乃と回りたいけど、俺はいろんな意味でそこそこ有名だから、目立っちゃうし。
今は倉庫のたまり場で、菜乃が帰るまで、いつもここで時間を潰している。
「文化祭…」
「何?総長。文化祭行きたいの!?」
「……ざっくりいくなあ、迅は」
俺の文化祭というワードに反応した迅と、それをたしなめる楓。
「で?行きたいの?総長!」
「菜乃がいるから」
「そっか!菜乃か!なら一緒に行こうよ!」
「迅、それ以上は…」
何かを察したのか、迅を止めようとする楓。
この2人は相変わらず仲がいい。
「迅は行くのか?」
「もちろん!」
「目立つぞ?」
「大丈夫!女装してくから」
「「は?」」
俺と楓の声が重なった。
「だから、女装してくんだよ!」