Hate or Love?愛と嘘とにまみれた世界の片隅で

幸い、人目の少ない通りだ。


ナイフを使ったって大事はならないだろう。


「あたしはアンタの言いなりにはならない」


貫田さんの娘さんを簡単に殺した男の言いなりになんてなってたまるか。


「お前は俺の奴隷だ。わかってんだろ?」


宮瀬は躊躇なく拳銃をあたしに向けてくる。


こうやって娘さんも殺したんだ。


この男は…。


「死にたくなければ車に乗れ。ナイフも捨てろ」


汚い。


この男は汚い。


最低な人間だ。


「あたし、アンタのこと許さないから」


同じ組だろうと関係ない。


この男を殺るまでは絶対に死なない…。

**

連れて来られたのは無駄に広い戸建ての家。


3階建てのモノトーン調の外観。


ガレージは裏側にあるため、1度玄関を通りすぎて裏側へ向かう。


ガレージも車4、5台は余裕で並ぶくらいの広さだ。


運転手さんは慣れた手つきで駐車し、後部座席のドアを開けてくれた。


ガレージの入り口はシャッターになっていて、車が近づけば自動で開閉してくれる仕組みだ。


駐車した車の後側の壁に目立たないドアがある。


ドアノブがなく、周囲の壁と同色。


言われなきゃ気づかないレベルのドアだ。


わざわざ玄関に回らなくてもここから入れるらしい。


「このドア鍵ないけど大丈夫なの?」
いつか侵入したりするときに役立つかもしれない情報はとにかく聞き出す。


まずはそこからだ。


「監視カメラで24時間誰かが監視してるから大丈夫だ」


案の定、さらっと情報を吐いてくれる宮瀬。


監視カメラがあるなら要注意だな…。


中へ入り、廊下を進んでいくその最中にも監視カメラが数台ある。


死角を作らないように徹底してるんだろう。


ここからの侵入はほぼ不可能だ。


案内されたのは家具がほとんどないシンプルなリビング。


黒いカーテン、ガラスのローテーブル、黒のちょっとした棚とテレビ。


ソファや椅子さえない殺風景さ。


「ここ、なんなの?あんたの家?」


家にしては生活感がない。
「2階と3階が俺の家。1階は組の関係者のために使ってる」


組の関係者か…。


宮瀬は高校生だけど、そういった人たちが出入りするような立場なんだ。


末端のあたしとは違う。


「…なんであたしを連れてきたわけ」


こんな組関係者が立ち入るような場所に、なぜあたしを。


「腕の良い殺し屋を探せという直人(なおひと)さんの指示があったからだ」


組長の指示…。


「なんであたしなんかを…」


あてしなんて末端中の末端。


目立つような行動は避けてるし、殺ってきたこともバレてないはずなのに。


「お前、この世界じゃそこそこ有名だぜ?」


鋭い眼光であたしの闇色の目を見つめる宮瀬。


「今は誰の下にもつかずに活動してるらしいけど、今日からは琴吹組のために働け」
それは、貫田さんのことがバレてないという証明にもなるが、同時に貫田さんを裏切るも同然のことにもなる。


貫田さんはどちらかの組に属したりはしていない。


だからあたしも事実上琴吹組ではあるけど、フラットな立場で仕事していた。


けど、もう話は違ってくる。


琴吹組に正式に雇われ、琴吹組の殺し屋となってしまえば、ナオとは完全に敵対してしまう。


今まで以上に、ナオとのことがバレたらヤバいだろう。


「直人さんの命令は絶対だ。いいな」


貫田さん曰く、宮瀬は組長のお気に入り。


つまり宮瀬には組長と通ずるものがあるんだろう。


その残忍さであったり、冷酷さであったり…と。


…危険だ。この男。


「…わかった」


奴隷になる気なんてないけど、大人しく従っておくしかない。


いつかきっとチャンスは巡ってくる。


その時にしっかりこの男を殺ってやる…。
「ついてこい」


宮瀬は冷たく言い放ち、あたしの方へ見向きもせず移動する。


廊下の角を曲がって階段を上り、3階まで上がってくる。


3階の空気は異様だった。


殺伐としていて、うまく言い表せない〝嫌な雰囲気〟。


黒色の壁と青白い照明がよりその嫌な雰囲気を助長させる。


「何このフロア」


壁に掛かってる絵は悪魔の断末魔のようなものや、どこかの惨劇など、負を連想させるようなものばかり。


部屋は6つある。


6つが等間隔に1列に並んでいて、どの部屋のドアも真っ黒だ。


モノトーン調の家だとは思ってたけど、ここまで黒しかないと気が滅入る。


宮瀬はそのうち一番奥の部屋のドアを開けた。


「ここがお前の部屋だ」
…何言ってるんだろう。


「あたしの部屋?」


なんであたしの部屋が必要なの?


「まさか、ここに住めって言うんじゃないでしょうね」


あたしがそう宮瀬を睨めば、彼はフッと口許に笑みを浮かべた。


歪に曲がるその口が妖しく動く。


「よく分かったな。そういうことだ」


「そんなの嫌に決まってるでしょ」


あたしには帰る場所がある。


1人じゃない。


ナオがいる。


あの家はナオと二人の場所だ。


ナオ1人を残してなんていけない。


ナオと離れたくない…。


「家を離れたくない…離れられない理由でもあるのか。一人暮らし…だろ?」


何かを見透かすような、すべてを知っているような煽り口調に、心臓がドクンッと跳ね上がる。
「…絶対こんなところには住まない」


声が震えるのを隠し、きっぱり断る。


すると宮瀬はスッと目を細めてあたしを睨む。


いつものように冷たい視線を寄越しながら彼は近づいてくる。


ジリジリ壁に追い詰められ、ついに背中が壁にぶつかってしまった。


そのあたしの顔の右側を、深い傷が付いた宮瀬の左腕が抑え、身動き取れない状態に追いやられる。


顔の距離が近い。


その分威圧感が増し、直視できず視線を床に落とすあたし。


宮瀬はそんなあたしの顔を無理やり掴み、視線を合わせてくる。


「…何」


青白い照明が宮瀬のオーラにマッチしており、さらに危険な雰囲気が増していく。


心臓がバクバク音を立てて暴れる。


「俺に従え」
左手で太もものナイフを抜き取ろうと動けば、ものすごい力で掴まれ、壁に押しつけられてしまう。


「お前が俺に傷を付けることは不可能だ。お前は俺に勝てない」


宮瀬の爪が左手首に食い込み、一筋の血が伝うのがわかった。


女にも容赦しない冷酷さ。


…幼い子供を殺ったくらいだからそれくらい当然か。


「…離して」


こんな男に触られたくない。


なのに─。 


「ちょ…っ」


強引に奪われた唇は、気持ちいいと訴えかけてくる。


ナオより乱暴で、ナオよりぞんざいに扱ってくるのに。


「ん…っ」


思わず声が漏れてしまう情けないあたし。


壁に押さえつけられたままのキスが気持ちいいはずない。


そう思いたいのに、身体は反応してしまう。