「俺はすぐに持っていたナイフ、拳銃、すべて地面に置いた。俺は完全に丸腰だった。だけどアイツは…っ」
「貫田さん……」
無理に話さなくてもいい…。
やっぱり聞かなければよかった。
こんなの…聞くだけで心が痛い…。
「〝残念だけど、このガキは返せない〟〝将来俺の脅威になるから〟って意味の分からない論理組み立てて、引き金をひいた…」
「……っ」
そんな…。
「許せない…っ…」
何の罪もないのに…。
娘さんは何も悪くないのに…。
「〝邪魔者は徹底的に消す主義なんでね〟ヤツはそう言って娘の亡骸を無惨に捨て、去っていった」
あの残酷で冷たい眼光を思いだし、身震いしてしまう。
宮瀬は中1の頃からすでに人を殺していた。
あの異様な佇まいはそういう経験のせいだろ。
「…あの男は、生きる資格なんてないんだよ…っ。幼い命を奪って、のうのうと幸せに生きてる。許せるわけないだろ…?」
…だから…。
だからあたしがアイツを殺さなきゃ…。
「…俺は、玲香ならヤツを殺せると思ってる。その期待を込めて育ててきたんだ。俺の復讐を手伝ってくれ…」
弱々しく、触れると崩れていきそうなほど脆い。
そんな貫田さんをそっと抱きしめる。
「…あたし…殺る。貫田さんの仇はあたしが取るから…」
殺らなきゃいけない。
宮瀬だけは絶対に許しちゃいけない…。
「…玲香…ごめんな」
「ううん…。あたし…頑張るね…」
絶対に、負けられない。
絶対、宮瀬を殺る─。
翌日。
貫田さんの話を聞き、明確な殺意が芽生えたままの状態で学校へ向かっていた。
ガードレールのない狭い歩道。
その横に、黒塗りでスモークガラスが張られた車が停まった。
見るからに怪しい車だ。
早足で横をすり抜けようと踏み出したとき、後部座席のドアが開いた。
降りてきたのは全身を漆黒に包み、目を光らせる宮瀬聖。
「乗れ」
あたしはこの目が苦手だ。
動けなくなる。
「迫田」
宮瀬が名前を呼ぶと、もう一人屈強な男が車から降りてきた。
「怪我させても構わない。車に乗せろ」
それを合図に、迫田という男があたしの腕を掴もうとしてくる。
当然、それをかわし、太ももに固定してるナイフを抜き取る。
幸い、人目の少ない通りだ。
ナイフを使ったって大事はならないだろう。
「あたしはアンタの言いなりにはならない」
貫田さんの娘さんを簡単に殺した男の言いなりになんてなってたまるか。
「お前は俺の奴隷だ。わかってんだろ?」
宮瀬は躊躇なく拳銃をあたしに向けてくる。
こうやって娘さんも殺したんだ。
この男は…。
「死にたくなければ車に乗れ。ナイフも捨てろ」
汚い。
この男は汚い。
最低な人間だ。
「あたし、アンタのこと許さないから」
同じ組だろうと関係ない。
この男を殺るまでは絶対に死なない…。
**
連れて来られたのは無駄に広い戸建ての家。
3階建てのモノトーン調の外観。
ガレージは裏側にあるため、1度玄関を通りすぎて裏側へ向かう。
ガレージも車4、5台は余裕で並ぶくらいの広さだ。
運転手さんは慣れた手つきで駐車し、後部座席のドアを開けてくれた。
ガレージの入り口はシャッターになっていて、車が近づけば自動で開閉してくれる仕組みだ。
駐車した車の後側の壁に目立たないドアがある。
ドアノブがなく、周囲の壁と同色。
言われなきゃ気づかないレベルのドアだ。
わざわざ玄関に回らなくてもここから入れるらしい。
「このドア鍵ないけど大丈夫なの?」
いつか侵入したりするときに役立つかもしれない情報はとにかく聞き出す。
まずはそこからだ。
「監視カメラで24時間誰かが監視してるから大丈夫だ」
案の定、さらっと情報を吐いてくれる宮瀬。
監視カメラがあるなら要注意だな…。
中へ入り、廊下を進んでいくその最中にも監視カメラが数台ある。
死角を作らないように徹底してるんだろう。
ここからの侵入はほぼ不可能だ。
案内されたのは家具がほとんどないシンプルなリビング。
黒いカーテン、ガラスのローテーブル、黒のちょっとした棚とテレビ。
ソファや椅子さえない殺風景さ。
「ここ、なんなの?あんたの家?」
家にしては生活感がない。
「2階と3階が俺の家。1階は組の関係者のために使ってる」
組の関係者か…。
宮瀬は高校生だけど、そういった人たちが出入りするような立場なんだ。
末端のあたしとは違う。
「…なんであたしを連れてきたわけ」
こんな組関係者が立ち入るような場所に、なぜあたしを。
「腕の良い殺し屋を探せという直人(なおひと)さんの指示があったからだ」
組長の指示…。
「なんであたしなんかを…」
あてしなんて末端中の末端。
目立つような行動は避けてるし、殺ってきたこともバレてないはずなのに。
「お前、この世界じゃそこそこ有名だぜ?」
鋭い眼光であたしの闇色の目を見つめる宮瀬。
「今は誰の下にもつかずに活動してるらしいけど、今日からは琴吹組のために働け」
それは、貫田さんのことがバレてないという証明にもなるが、同時に貫田さんを裏切るも同然のことにもなる。
貫田さんはどちらかの組に属したりはしていない。
だからあたしも事実上琴吹組ではあるけど、フラットな立場で仕事していた。
けど、もう話は違ってくる。
琴吹組に正式に雇われ、琴吹組の殺し屋となってしまえば、ナオとは完全に敵対してしまう。
今まで以上に、ナオとのことがバレたらヤバいだろう。
「直人さんの命令は絶対だ。いいな」
貫田さん曰く、宮瀬は組長のお気に入り。
つまり宮瀬には組長と通ずるものがあるんだろう。
その残忍さであったり、冷酷さであったり…と。
…危険だ。この男。
「…わかった」
奴隷になる気なんてないけど、大人しく従っておくしかない。
いつかきっとチャンスは巡ってくる。
その時にしっかりこの男を殺ってやる…。
「ついてこい」
宮瀬は冷たく言い放ち、あたしの方へ見向きもせず移動する。
廊下の角を曲がって階段を上り、3階まで上がってくる。
3階の空気は異様だった。
殺伐としていて、うまく言い表せない〝嫌な雰囲気〟。
黒色の壁と青白い照明がよりその嫌な雰囲気を助長させる。
「何このフロア」
壁に掛かってる絵は悪魔の断末魔のようなものや、どこかの惨劇など、負を連想させるようなものばかり。
部屋は6つある。
6つが等間隔に1列に並んでいて、どの部屋のドアも真っ黒だ。
モノトーン調の家だとは思ってたけど、ここまで黒しかないと気が滅入る。
宮瀬はそのうち一番奥の部屋のドアを開けた。
「ここがお前の部屋だ」