「…質問したら怒りますか…」
ダメだ。
以前のように貫田さんに接することができなくなってしまったかもしれない。
怖い。
貫田さんに対してビクビクしてしまう。
「玲香、俺が怖い?」
嘘がつける状態ではなく、素直に首を縦に振る。
「こんなの序の口だから。組のことに首を突っ込み始めたら、こんなヤツざらにいる。気を付けろ」
「…わかった」
そう思うと、始めから危険なオーラしか漂ってない宮瀬聖は案外楽なのかもしれない。
だからといって殺れる自信なんて全くないけど…。
「で?何?」
「あ…えっと…」
聞いていいのかな。
貫田さんの闇の部分が見えたんだから、もう気を張らなくていいかな…。
「…宮瀬聖と何があったんですか。なんで、そこまで憎んで、消したがるんですか…?」
訪れる沈黙。
何の音もしない、閉ざされた空間。
やっぱり聞いちゃいけなかった。
聞かなければよかった。
今日はヤラカしてばかりだ…。
「…やっぱり何でも─」
「俺の娘を殺されたからだよ」
……え…?
突然発せられた言葉。
理解が追い付かない。
「…娘さん…を…?」
まず、娘さんがいたことも知らなかったし、その娘さんが殺された…?
宮瀬聖に…?
「現役時代、俺が唯一失敗したターゲットが当時中1だった宮瀬だ」
「中1…」
中1に天才的な殺し屋の貫田さんが負けた…。
「なんで失敗したか分かるか?俺がたかだか中1のガキに負けた理由が…分かるか…?」
微かに震えた貫田さんの声。
視線を合わせにいっても、貫田さんは合わせてくれなかった。
「…ヤツは…俺の娘を人質にとってた。俺が殺しを決行する日時を知ってたんだ。どうやって知ったのかは分からない。けど…ヤツは知ってた」
貫田さんの周りに裏切り者がいたのかもしれないし、宮瀬が盗聴するなりして知ったのかもしれない。
あの男なら盗聴も人質にとることも、簡単にやってのけるだろう。
「まだ幼い5歳だ。5歳の娘だった」
遠くを見つめる貫田さん。
その目は濡れて光っていた。
「〝武器をすべて捨てろ。捨てなければこのガキを殺す〟ヤツはそう言って娘のこめかみに銃口を当てた」
「俺はすぐに持っていたナイフ、拳銃、すべて地面に置いた。俺は完全に丸腰だった。だけどアイツは…っ」
「貫田さん……」
無理に話さなくてもいい…。
やっぱり聞かなければよかった。
こんなの…聞くだけで心が痛い…。
「〝残念だけど、このガキは返せない〟〝将来俺の脅威になるから〟って意味の分からない論理組み立てて、引き金をひいた…」
「……っ」
そんな…。
「許せない…っ…」
何の罪もないのに…。
娘さんは何も悪くないのに…。
「〝邪魔者は徹底的に消す主義なんでね〟ヤツはそう言って娘の亡骸を無惨に捨て、去っていった」
あの残酷で冷たい眼光を思いだし、身震いしてしまう。
宮瀬は中1の頃からすでに人を殺していた。
あの異様な佇まいはそういう経験のせいだろ。
「…あの男は、生きる資格なんてないんだよ…っ。幼い命を奪って、のうのうと幸せに生きてる。許せるわけないだろ…?」
…だから…。
だからあたしがアイツを殺さなきゃ…。
「…俺は、玲香ならヤツを殺せると思ってる。その期待を込めて育ててきたんだ。俺の復讐を手伝ってくれ…」
弱々しく、触れると崩れていきそうなほど脆い。
そんな貫田さんをそっと抱きしめる。
「…あたし…殺る。貫田さんの仇はあたしが取るから…」
殺らなきゃいけない。
宮瀬だけは絶対に許しちゃいけない…。
「…玲香…ごめんな」
「ううん…。あたし…頑張るね…」
絶対に、負けられない。
絶対、宮瀬を殺る─。
翌日。
貫田さんの話を聞き、明確な殺意が芽生えたままの状態で学校へ向かっていた。
ガードレールのない狭い歩道。
その横に、黒塗りでスモークガラスが張られた車が停まった。
見るからに怪しい車だ。
早足で横をすり抜けようと踏み出したとき、後部座席のドアが開いた。
降りてきたのは全身を漆黒に包み、目を光らせる宮瀬聖。
「乗れ」
あたしはこの目が苦手だ。
動けなくなる。
「迫田」
宮瀬が名前を呼ぶと、もう一人屈強な男が車から降りてきた。
「怪我させても構わない。車に乗せろ」
それを合図に、迫田という男があたしの腕を掴もうとしてくる。
当然、それをかわし、太ももに固定してるナイフを抜き取る。
幸い、人目の少ない通りだ。
ナイフを使ったって大事はならないだろう。
「あたしはアンタの言いなりにはならない」
貫田さんの娘さんを簡単に殺した男の言いなりになんてなってたまるか。
「お前は俺の奴隷だ。わかってんだろ?」
宮瀬は躊躇なく拳銃をあたしに向けてくる。
こうやって娘さんも殺したんだ。
この男は…。
「死にたくなければ車に乗れ。ナイフも捨てろ」
汚い。
この男は汚い。
最低な人間だ。
「あたし、アンタのこと許さないから」
同じ組だろうと関係ない。
この男を殺るまでは絶対に死なない…。
**
連れて来られたのは無駄に広い戸建ての家。
3階建てのモノトーン調の外観。
ガレージは裏側にあるため、1度玄関を通りすぎて裏側へ向かう。
ガレージも車4、5台は余裕で並ぶくらいの広さだ。
運転手さんは慣れた手つきで駐車し、後部座席のドアを開けてくれた。
ガレージの入り口はシャッターになっていて、車が近づけば自動で開閉してくれる仕組みだ。
駐車した車の後側の壁に目立たないドアがある。
ドアノブがなく、周囲の壁と同色。
言われなきゃ気づかないレベルのドアだ。
わざわざ玄関に回らなくてもここから入れるらしい。
「このドア鍵ないけど大丈夫なの?」
いつか侵入したりするときに役立つかもしれない情報はとにかく聞き出す。
まずはそこからだ。
「監視カメラで24時間誰かが監視してるから大丈夫だ」
案の定、さらっと情報を吐いてくれる宮瀬。
監視カメラがあるなら要注意だな…。
中へ入り、廊下を進んでいくその最中にも監視カメラが数台ある。
死角を作らないように徹底してるんだろう。
ここからの侵入はほぼ不可能だ。
案内されたのは家具がほとんどないシンプルなリビング。
黒いカーテン、ガラスのローテーブル、黒のちょっとした棚とテレビ。
ソファや椅子さえない殺風景さ。
「ここ、なんなの?あんたの家?」
家にしては生活感がない。