Hate or Love?愛と嘘とにまみれた世界の片隅で

口調は穏やかだけど、内心苛立ってるのがヒシヒシと感じられた。


「…ごめん。気をつける」


あたしの仕事上、浮気と仕事の線引きが曖昧。


だから、ナオもあたしの男関係に口を出してこない。


だけど…。


それにいつまでも甘えてていいんだろうか。


「いいよ。じゃあその代わりお風呂一緒に入ろ」


…何考えてるのかわからない。


絶対怒ってるはずなのに…。


「…ホントごめんね、ナオ」


「謝るってことはやましいことがあるってことやろ?だからお風呂で消毒」


そう言い、ナオはあたしを軽々抱き抱え、お風呂へ直行する。


ナオは自分の服をサッと脱ぎ捨て、あたしの服に手をかけてくる。


「服くらい自分で…ん…っ」
強引なキスに唇を塞がれ、されるがままになるあたし。


「玲香、いろんな男に抱かれてるクセにキスだけで力抜けるんだ」


意地悪な表情。


あたしの全てを知り尽くしてる手つきで身体を弄んでくる。


「……うるさいバカ…」


恥ずかしくて、でも気持ち良くて、ナオから離れたくない。


「今の俺なら、このまま夜まで続いちゃうかもよ?」


妖艶な笑みと視線であたしを見つめるナオ。


そんなナオを直視することなんてできなかった。


「…やだ。お風呂入ってご飯食べようよ…」


「玲香は黙って俺に従っとけばいーの」


ソフトなS具合がたまらなく好き。


このままナオに溺れていきたい。


溺れていきたいけど…。


アイツの姿が浮かんでは消えて…を繰り返してるんだ。

**

宮瀬聖が頭から離れない。


貫田さんが〝敵わない〟と言った意味が分かる。


あたしも彼に敵わないだろう。


アイツは他者を圧倒する物を兼ね備えている。


誰も邪魔できない世界を作り上げている。


「宮瀬聖」


突如、ナオの口からその言葉が飛び出し、昼ごはんを作る手が止まった。


「玲香知ってる?」


ナオがソファに座りスマホをいじりながら尋ねてくる。


「…聞いたことはあるかも」


〝知らない〟と嘘をついても良かったけど、嘘をつけばだいたいナオに見破られる。


だから嘘はなるべくつきたくない。


「ヤツが動き出した。おそらく琴吹組組長の指示だろう」
…やっぱり昨夜のあれは…。


「いつか西条組と琴吹組の全面戦争が起こるかもしれない。今は水面下でヤツが動いてるだけだけど…」


西条組の傘下を…神龍連合を、先に潰しておくつもりか。


…でもあたしは琴吹組の人間。


「もし全面戦争なんかになったら、あたしたちどうなるんだろうね」


きっと離れ離れになる。


でも、それだけで済むとは思えない。


「もしもの時は俺が玲香を守る。絶対に」


……そんな甘い世界じゃない。


「…あたしもナオを守るから」


残酷な世界だからこそあたしが、ナオを守る。


守り抜いてみせる。


あたしは殺しのプロなんだから…。
「宮瀬聖と接触できました」


あれから1週間後、あたしは貫田さんと密会してる。


貫田さんと会ってるところを宮瀬聖に見られたらどうなることやら。


だから絶対にバレてはならない。


「仕事が早いな」


まぁホテルだからバレないと思うけど。


ナオ、貫田さん、宮瀬聖、この2週間で3人と関係を持っている。


汚い女だな、と思ってはいるけど、やめられない。


宮瀬聖に関しては、あたしを呼び出し無理やり行為をしてそのまま捨てて帰る。


そんな最低な男だ。


「…宮瀬は神龍連合を潰そうとしてるだろ」


やっぱりこの話は貫田さんに伝わってるか。


この世界きっての情報屋だから当たり前といえば当たり前なんだけど。
「組の抗争なんざどうでもいい。とにかく宮瀬を殺れ」


「そのことだけど」


今日はこれを言いに来た。


もし言えば今後仕事を貰えなくなるかもしれない。


そう思うと、後に続く言葉が上手く出てこない。


貫田さんの妖しい視線に絡めとられ、ふいっと視線を反らしてしまう。


「あたし─」


「玲香」


そうあたしを呼ぶ貫田さんの眼は氷のようだった。


その氷の中心には赤い炎が灯っている。


そんなゾワリとするような瞳のまま、貫田さんはクイッとあたしの顎を持ち上げた。


嫌でも貫田さんと目が合い、心臓がバクバク暴れだす。


「やめようなんて愚かなこと、思ってねぇよなぁ?」


有無を言わさぬ威圧的な口調。
この世界の闇を見た気がした。


普段は優しくても、小さなきっかけ1つで豹変する。


「答えろ玲香」


手元にナイフや拳銃があれば殺されてるんじゃないかと思うほどの冷たさに、口が動かなくなる。


「やめねぇよなぁ?」


やっぱり貫田さんは闇の世界の住人なんだ。


そう思わせるような真っ黒い瞳をしていた。


「…やめない…けど…」


「〝けど〟?」


弱気な語尾に反応した貫田さんは、その手をあたしの顎から髪の毛へ動かす。


前髪をガッと引っ張られ、プチプチっと何本か抜ける感覚がした。


「…あたし…その…」


恐怖のあまり、上手く喋れない。


〝きっとあたしは宮瀬聖に勝てない〟


そう伝えたいだけなのに。
「ヤツを殺れ。これは依頼じゃない。命令だ」


命令として与えられた仕事も過去に何度かある。


けど、今回は相手が相手─。


あの男を殺るなんてあたしにはできない。


「…や…殺る前…にあたしが殺られる…と思う…から。だから…できない…です…」


…貫田さんが怖い。


豹変してしまった貫田さんが…怖い。


穏やかそうな印象を持たせるものは一欠片も残ってない。


野生の猛獣を彷彿とさせる目付きとオーラ。


本当に殺されてもおかしくないほど…。


「できない…ねぇ…。ならお前はもう用済みだ。このまま俺の前から消えろ」


「……っ」


やっぱりこうなるんだ…。


もう仕事を与えてもらえない。
あたしのこれからの人生、どうやって生計立てていけばいいんだろう…。


「…と言いたいところだけど」


貫田さんの言葉は優しかった。


ただし、優しかったのは言葉だけ。


瞳、オーラ、前髪を掴む手、すべてがキツい。


そのアンバランスがより恐怖を増幅させる。


「お前は俺のことを知りすぎた。このまま大人しく死んでもらうしかないな」


─!?


死…


「…嫌…」


まだ死ねない…。


ナオを守りきるまでは死ねない…っ。


だけど、殺しの師匠である貫田さんに勝てるだろうか。


きっと勝てない。


もう、死ぬ運命なんだ。


「ヤツを殺るか、今俺に殺られるか選べ。今すぐに」