Hate or Love?愛と嘘とにまみれた世界の片隅で

ナオが生きていた証を、ずっとずっと心の中で生かし続ける。


それくらいしかあたしにはできない。


それに、怖いんだ。


ナオ以外の男にハマることが。


ナオ以外の男に恋することが。


ナオへの裏切りなんじゃないか、って思ってしまう。


あの時、どうやったらナオを死なせずに済んだのか。


答えはまだ見つかってない。


見つからないのかもしれない。


ナオは神龍連合のトップになった時点で殺される運命だったのかもしれない。


西条組は、あの一件で精神的なダメージを受けただろう。


戦力で言えば変わりはないかもしれないけど、たった3人の組員で大きな連合が滅ぼされた。


その事実は西条組に大ダメージを与えられたはずだ。
最近宮瀬や龍美さんの機嫌が良いのはそういうことだろう。


「…あんたたち何か喋りなよ。お通夜じゃないんだから」


珍しく宮瀬と沙耶と3人での夕飯だ。


おかげでいつも以上に空気が重い。


宮瀬は廊下ですれ違っても目を合わせてくれないし、何か話しかけてくることない。


そんな状態で食事中に会話が生まれるわけない。


『えー、続いてのニュースです。40代女性を性的暴行ののち殺害したとして近藤奏輔(こんどうそうすけ)ら5人が逮捕されました』


嫌なニュースの音だけが流れている。


こんなニュースが珍しいと思えないこの世の中の汚さがよく分かる。


きっと普通の女性なら性的暴行は耐え難い苦痛なんだろう。


あたしは性格も何もかもが歪んでしまってるからそうは思えない。
嫌な人間だな、ってつくづく思う。


こんな歪んだ性格、変えたいと思ったこともある。


でも、ナオはこのまんまのあたしを受け入れてくれたから、変わりたくない気持ちもある。


「…あ、玲香。玲香宛に手紙届いてたよ」


と、沙耶が茶封筒を差し出してくれた。


表には〝玲香へ〟と綺麗な字で書いてある。


ナオの字だ。


間違いない。


「…これ…いつ届いたの?」


震わしたくないのに嫌でも声が震える。


「昨日確認した時は入ってなかったからたぶん今日だと思う」


…なんでナオから…?


一体誰が…。


この封筒は直接家の郵便受けに投函されてる。


監視カメラを確認すれば差出人が誰かはすぐにわかるだろう。


でも、そんなことしなくていい。


きっと、ナオがあの世から運んできてくれたんだ。
急いでご飯を食べ自分の部屋に戻って、封を切ろうとハサミに手を伸ばす。


「……」


何が書いてあるんだろう。


今読んでも良いんだろうか。


あたしの心は…平静を保っていられるんだろうか。


開けるのが怖い。


読むのが怖い。


「…ダメだ…」


ハサミを持つ手が震えて封を切れない。


まだ早いのかもしれない。


もっと心が落ち着いてから…。


いつになるかは分からない。


でも、今じゃない。


今は読めない。


「…ふぅ…」


読めるようになるまで、これはしまっておこう。


いつになるか分からないけど…。


きっと読める日は来る。


ううん。


来るように努力しなきゃならないんだ。

組内に不穏な空気が流れてる。


そう聞いたのは10月に入ってすぐのことだった。


宮瀬が勝地さんにコソっと話してるのを偶然聞いたのだ。


あたしと宮瀬の関係はもう修復されることはないのかもしれない。


あの夜を境に目を合わすことも話すこともなくなった。


宮瀬の仕事を手伝うこともなくなった。


城田さんが家に来ることもなくなったし、沙耶が城田さんの話をすることもなくなった。


冷えきった空気が毎日家に流れ、平坦な毎日が繰り返される。


前ほど刺激が欲しいと思わなくなった。


昔は仕事をしてないと刺激が足りず、ウズウズしていた。


でも今は違う。


もう誰も殺したくない。


大切な人を殺されるツラさを、苦しさを知ってしまったから。
「……ただいま、ナオ」


久しぶりにあたしとナオの家に帰ってきた。


ナオを失って初めてここに来た。


やっと来れた。


「…ナオの匂いだ」


家中にナオの香りがする。


でも…これはいつか消えてしまう。


ナオの匂いが消えるのが怖い。


この世からナオが本当に消えてしまうようで。


家は隅々まで綺麗に整理されている。


数ヶ月間誰も使ってなかったから埃を被ってるけれど、几帳面な一面もあるナオらしい家。


あたしと住んでた頃より綺麗なのがちょっと悔しいな。


「…なんで…こんなに綺麗なんだろ」


…なんとなく、その答えは分かる気がする。


分かりたくないけど…分かってしまう。
きっとナオは自分が死ぬことを予想していた。


だから家を出る前に片付けて綺麗にしたんだろう。


その証拠に、孝太さんの遺影の前に供えているお花は捨てられている。


自分が死んだら枯らしてしまうと思って捨てたんだろう。


お供えしていた、孝太さんが好きだったお酒もなくなっている。


階段を上がったらナオの部屋だ。


あたしは滅多に入ることはなかった。


入ったのは1度か2度だ。


ナオの部屋のドアを開けると、1階よりもナオの香りが強く感じられた。


この香りに抱きしめられるのが好きだった。


この香りでキスされるのが好きだった。


「…ナオ…」


目を閉じれば瞼の裏にたくさんの思い出が浮かんでくる。
出逢い。
 

それは本当に偶然だった。


あの時コンビニ入らなかったら。


あの時傘を買おうとしたかったら。


あたしたちは出会ってなかった。


出会わなかったらこんなにツラい思いしなくて済んだのかもしれない。


でも、出会えてよかったと心から思ってる。


孝太さんの死も二人で乗り越えてきた。


あれからナオはすごく強くなって、少し危険な目に遭うことも増えた。


でも無傷で戦い抜いたり、仲間を守るために傷ついたり、すべてがカッコよかった。


ナオは最後まであたしを守ろうとしてくれた。


本当に、心の底から優しい人だよ…ナオは。


あたしが他の男に抱かれても何も言わず受け入れてくれて、殺し屋という最低な仕事をやってるのに知らないフリしてくれて。