Hate or Love?愛と嘘とにまみれた世界の片隅で

そう指摘されてはじめて今涙を流してることに気づいた。


もう涙は出てこないと思ってたんだけどな。


「…なんでだろうね」


この涙は何の涙なんだろう。


分からないけど、涙が止まらない。


「…そんなに痛かった?」


「…違う。それで泣いてるんじゃない…」


たしかに強引すぎて痛みはあったけど、泣くほどじゃない。


心が痛いだけ…。


だから涙が出てしまうんだろう。


「…じゃあ泣くなよ。めんどくさい」


「……ごめん」


慰めてくれるかと思ったのに、冷たい。


そのことに傷ついてるあたしがいる。


…あたしは宮瀬に何を期待してるんだろ。


身体だけじゃない関係を望んでるのかな…。
「…あたしが痛くて泣いてるって言ったらどうしてくれるの?」 


「は?」


何聞いてんだろ、あたし。


自分でもバカな質問だと思う。


「…なんでもない」


きっと今のあたしは寂しくて寂しくてたまらなくておかしくなってるんだ。


「……お前、俺に何を望んでんの?」 


艶美な視線であたしをジッと見つめる宮瀬。


宮瀬特有のこの感じが好き。


色っぽくて、大人で、艶やか、そして…。


「……言っとくけど。俺は1回裏切った奴はもう2度と信用しない。それだけは覚えとけ」


そして冷酷。


「わかってる」
─9月下旬。


今年は残暑もほとんどなく、過ごしやすい秋がやってきた。


あたしたちの関係は未だにギクシャクしていて、すごく居心地が悪い。


でも、城田さんは本当に組へ報告してないようで、命が狙われることもなく平穏な暮らしが戻りつつある。


あたしも引きこもるのはやめ、1歩ずつ前へ進む努力はしている。


真面目に学校に行ったり、軽い仕事をしたり。


あたしが唯一上手く行かなかった仕事は宮瀬だ。


宮瀬だけは殺せない。


あたしがまだ宮瀬を殺してないから貫田さんとは会えてない。


このまま貫田さんとは関係が終わってもいいと思ってたりもする。


貫田さんと会えばカラダを求められて苦しいから。


ナオがいなくなった世界であたしが生きていくには、ナオの影を消さないようにするしかない。
ナオが生きていた証を、ずっとずっと心の中で生かし続ける。


それくらいしかあたしにはできない。


それに、怖いんだ。


ナオ以外の男にハマることが。


ナオ以外の男に恋することが。


ナオへの裏切りなんじゃないか、って思ってしまう。


あの時、どうやったらナオを死なせずに済んだのか。


答えはまだ見つかってない。


見つからないのかもしれない。


ナオは神龍連合のトップになった時点で殺される運命だったのかもしれない。


西条組は、あの一件で精神的なダメージを受けただろう。


戦力で言えば変わりはないかもしれないけど、たった3人の組員で大きな連合が滅ぼされた。


その事実は西条組に大ダメージを与えられたはずだ。
最近宮瀬や龍美さんの機嫌が良いのはそういうことだろう。


「…あんたたち何か喋りなよ。お通夜じゃないんだから」


珍しく宮瀬と沙耶と3人での夕飯だ。


おかげでいつも以上に空気が重い。


宮瀬は廊下ですれ違っても目を合わせてくれないし、何か話しかけてくることない。


そんな状態で食事中に会話が生まれるわけない。


『えー、続いてのニュースです。40代女性を性的暴行ののち殺害したとして近藤奏輔(こんどうそうすけ)ら5人が逮捕されました』


嫌なニュースの音だけが流れている。


こんなニュースが珍しいと思えないこの世の中の汚さがよく分かる。


きっと普通の女性なら性的暴行は耐え難い苦痛なんだろう。


あたしは性格も何もかもが歪んでしまってるからそうは思えない。
嫌な人間だな、ってつくづく思う。


こんな歪んだ性格、変えたいと思ったこともある。


でも、ナオはこのまんまのあたしを受け入れてくれたから、変わりたくない気持ちもある。


「…あ、玲香。玲香宛に手紙届いてたよ」


と、沙耶が茶封筒を差し出してくれた。


表には〝玲香へ〟と綺麗な字で書いてある。


ナオの字だ。


間違いない。


「…これ…いつ届いたの?」


震わしたくないのに嫌でも声が震える。


「昨日確認した時は入ってなかったからたぶん今日だと思う」


…なんでナオから…?


一体誰が…。


この封筒は直接家の郵便受けに投函されてる。


監視カメラを確認すれば差出人が誰かはすぐにわかるだろう。


でも、そんなことしなくていい。


きっと、ナオがあの世から運んできてくれたんだ。
急いでご飯を食べ自分の部屋に戻って、封を切ろうとハサミに手を伸ばす。


「……」


何が書いてあるんだろう。


今読んでも良いんだろうか。


あたしの心は…平静を保っていられるんだろうか。


開けるのが怖い。


読むのが怖い。


「…ダメだ…」


ハサミを持つ手が震えて封を切れない。


まだ早いのかもしれない。


もっと心が落ち着いてから…。


いつになるかは分からない。


でも、今じゃない。


今は読めない。


「…ふぅ…」


読めるようになるまで、これはしまっておこう。


いつになるか分からないけど…。


きっと読める日は来る。


ううん。


来るように努力しなきゃならないんだ。

組内に不穏な空気が流れてる。


そう聞いたのは10月に入ってすぐのことだった。


宮瀬が勝地さんにコソっと話してるのを偶然聞いたのだ。


あたしと宮瀬の関係はもう修復されることはないのかもしれない。


あの夜を境に目を合わすことも話すこともなくなった。


宮瀬の仕事を手伝うこともなくなった。


城田さんが家に来ることもなくなったし、沙耶が城田さんの話をすることもなくなった。


冷えきった空気が毎日家に流れ、平坦な毎日が繰り返される。


前ほど刺激が欲しいと思わなくなった。


昔は仕事をしてないと刺激が足りず、ウズウズしていた。


でも今は違う。


もう誰も殺したくない。


大切な人を殺されるツラさを、苦しさを知ってしまったから。