「…宮瀬は…あたしのこと殺せないって言ってくれたじゃん。でも、こういうことはするの…?」
泣いてる女を無理やり犯して、そんなの処罰じゃない。
ただの強姦じゃん…。
「…するに決まってんだろ。俺は綺麗な人間じゃない。裏切り者に容赦するほど甘くないんだよ」
たしかにあの拷問を見せられたら納得してしまいそうだ。
でも…あたしは宮瀬が悪い奴じゃないと信じてる。
あたしが勝手に信じてるだけ…かもしれないけど。
「…宮瀬は優しい人だよ」
表面はトゲトゲしてても、中はすごく温かい人だとあたしは思ってる。
「…だからこそ…こんな風に犯されたくなかった」
こんな冷たくて危険な宮瀬には、抱かれたくない。
でも…。
「…処罰なら、受け入れる。いいよ、続き。もう抵抗しないから。好きにして」
自分でも自分の気持ちが分からない。
ナオを裏切りたくない。
宮瀬を拒みたい。
でも拒みたくない。
狂ったあたしの性癖が宮瀬を欲してる。
〝処罰〟という名目なら…とあたしは逃げた。
葛藤から逃げた。
罪悪感がないと言えば嘘になる。
でも、処罰という言葉でそれに蓋をして、知らないフリしてるんだ。
今まで寝てきた相手の中で誰よりも上手くて相性が良い。
心の傷も、苦しみも、理性も、何もかも吹き飛ばしてしまうこの行為。
処罰だから。
裏切った罰だから。
だから、いいんだ。
だから…仕方ないんだ。
ごめんなさい。
ごめんなさい…。
**
コトが終わった後のあたしは今までにないくらい疲れ果てていた。
正体の分からない涙が血のついたシーツを濡らしている。
罪悪感が残った心が重い。
普段より激しくて、雑で、優しさが感じられない行為だったのに、それが気持ちいいと思ってしまうあたしが怖い。
痛い思いも苦しい思いもしたのに、良かったと思ってるのが怖い。
「…後悔してんの?」
隣で寝転がる宮瀬が抑揚のない声で問う。
「……わかんない。でも、罪悪感はある」
ナオと付き合ってたころから色んな男と寝た。
でも、ここまで大きな罪悪感を覚えたことはなかった。
きっと、あたしは宮瀬に感情を持ってる。
だから罪悪感があるんだ。
「…お前なんで泣いてんの?」
そう指摘されてはじめて今涙を流してることに気づいた。
もう涙は出てこないと思ってたんだけどな。
「…なんでだろうね」
この涙は何の涙なんだろう。
分からないけど、涙が止まらない。
「…そんなに痛かった?」
「…違う。それで泣いてるんじゃない…」
たしかに強引すぎて痛みはあったけど、泣くほどじゃない。
心が痛いだけ…。
だから涙が出てしまうんだろう。
「…じゃあ泣くなよ。めんどくさい」
「……ごめん」
慰めてくれるかと思ったのに、冷たい。
そのことに傷ついてるあたしがいる。
…あたしは宮瀬に何を期待してるんだろ。
身体だけじゃない関係を望んでるのかな…。
「…あたしが痛くて泣いてるって言ったらどうしてくれるの?」
「は?」
何聞いてんだろ、あたし。
自分でもバカな質問だと思う。
「…なんでもない」
きっと今のあたしは寂しくて寂しくてたまらなくておかしくなってるんだ。
「……お前、俺に何を望んでんの?」
艶美な視線であたしをジッと見つめる宮瀬。
宮瀬特有のこの感じが好き。
色っぽくて、大人で、艶やか、そして…。
「……言っとくけど。俺は1回裏切った奴はもう2度と信用しない。それだけは覚えとけ」
そして冷酷。
「わかってる」
─9月下旬。
今年は残暑もほとんどなく、過ごしやすい秋がやってきた。
あたしたちの関係は未だにギクシャクしていて、すごく居心地が悪い。
でも、城田さんは本当に組へ報告してないようで、命が狙われることもなく平穏な暮らしが戻りつつある。
あたしも引きこもるのはやめ、1歩ずつ前へ進む努力はしている。
真面目に学校に行ったり、軽い仕事をしたり。
あたしが唯一上手く行かなかった仕事は宮瀬だ。
宮瀬だけは殺せない。
あたしがまだ宮瀬を殺してないから貫田さんとは会えてない。
このまま貫田さんとは関係が終わってもいいと思ってたりもする。
貫田さんと会えばカラダを求められて苦しいから。
ナオがいなくなった世界であたしが生きていくには、ナオの影を消さないようにするしかない。
ナオが生きていた証を、ずっとずっと心の中で生かし続ける。
それくらいしかあたしにはできない。
それに、怖いんだ。
ナオ以外の男にハマることが。
ナオ以外の男に恋することが。
ナオへの裏切りなんじゃないか、って思ってしまう。
あの時、どうやったらナオを死なせずに済んだのか。
答えはまだ見つかってない。
見つからないのかもしれない。
ナオは神龍連合のトップになった時点で殺される運命だったのかもしれない。
西条組は、あの一件で精神的なダメージを受けただろう。
戦力で言えば変わりはないかもしれないけど、たった3人の組員で大きな連合が滅ぼされた。
その事実は西条組に大ダメージを与えられたはずだ。
最近宮瀬や龍美さんの機嫌が良いのはそういうことだろう。
「…あんたたち何か喋りなよ。お通夜じゃないんだから」
珍しく宮瀬と沙耶と3人での夕飯だ。
おかげでいつも以上に空気が重い。
宮瀬は廊下ですれ違っても目を合わせてくれないし、何か話しかけてくることない。
そんな状態で食事中に会話が生まれるわけない。
『えー、続いてのニュースです。40代女性を性的暴行ののち殺害したとして近藤奏輔(こんどうそうすけ)ら5人が逮捕されました』
嫌なニュースの音だけが流れている。
こんなニュースが珍しいと思えないこの世の中の汚さがよく分かる。
きっと普通の女性なら性的暴行は耐え難い苦痛なんだろう。
あたしは性格も何もかもが歪んでしまってるからそうは思えない。
嫌な人間だな、ってつくづく思う。
こんな歪んだ性格、変えたいと思ったこともある。
でも、ナオはこのまんまのあたしを受け入れてくれたから、変わりたくない気持ちもある。
「…あ、玲香。玲香宛に手紙届いてたよ」
と、沙耶が茶封筒を差し出してくれた。
表には〝玲香へ〟と綺麗な字で書いてある。
ナオの字だ。
間違いない。
「…これ…いつ届いたの?」
震わしたくないのに嫌でも声が震える。
「昨日確認した時は入ってなかったからたぶん今日だと思う」
…なんでナオから…?
一体誰が…。
この封筒は直接家の郵便受けに投函されてる。
監視カメラを確認すれば差出人が誰かはすぐにわかるだろう。
でも、そんなことしなくていい。
きっと、ナオがあの世から運んできてくれたんだ。