Hate or Love?愛と嘘とにまみれた世界の片隅で

〝だったら殺してくれ〟


何度その言葉を聞いただろう。


もしかしたらナオもそんな目に遭うかもしれない。


あたしも、そんな目に遭うかもしれない。


あたしとナオが付き合ってるってことは、組を裏切ってるってことと同じだから。


もしかしたらあたしと付き合ってることがバレたのかもしれない。


バレるような行動はとってないけど、いつどこで誰が何するかなんて予測できない。


監視されてる可能性だって無くはないんだから。


【今倉庫に向かってる。お願いだから返事して】


既読がつかないメッセージがどんどん溜まっていく。


雨は相変わらず強い。


傘なんて意味ないくらいびちょびちょだ。
「こっちから行けば近いんだっけ…」


街灯のない路地に入り、乱れた息を1度整える。


さすがにずっと走り続けてたら体力も無くなるし、万が一の時に戦えない。


「……い………よ…」


複数人の足音と話し声、何かを引きずる音が建物の裏から聞こえてきた。


引きずる音に加え、何かを殴る音。


人を殴る音だ。


もしかしたら─。


「ナオ…」


ナオかもしれない。


足音を立てないように、そーっと建物の裏へ移動する。


雨の音であたしの足音はあまり聞こえないだろう。


角から路地を覗くと、5、6人で一人の男を囲んで暴行を加えていた。


暴行を加えられている男は意識を失いかけていて、このまま死んでしまうかもしれない。
全然ナオと関係ない人たちだ。


悪いけど、見捨てる。


あんな低レベルなケンカに巻き込まれてたまるか。


そう思い、元いた所へ戻ろうと振り向いたあたし。


「─っ!!」


目の前に、怪しげな男が気配を消して立っていた─。


本能的に逃げなきゃと感じたけど、体が硬直して動かなかった。


金髪に鋭い目付き、怪しい笑みを浮かべた口許。


キケンだ─。


男から目を反らさず、太ももの護身ナイフへ指を滑らせた。


が─。


「しまった…」


慌てて飛び出してきたもんだから、ナイフは家だ…。


身を守れるものはない。


あるのは己の身体のみ。


正直、この男に呑まれている。


だから無理だ…。
戦えない。


逃げろ。


分かってるのに、動けない。


金縛りにあったように、動かなかった。


男の手があたしへ伸びてくる。


その手にはハンカチが握られていた。


薬品を嗅がされる─。


危険を感じ、抵抗しようと我に返ったときにはもう遅かった。


口と鼻を塞がれ、ツンと鼻腔を刺激される。


バサ…


傘が落ちる音とどしゃ降りの雨の音を最後に、あたしの意識は消えていった。
「い……っ」


目が覚めたら、猛烈な頭痛が襲ってきた。


きっと薬品のせいだろう。


「…何ここ」


薄暗く、灰色の冷たいコンクリート壁に囲われてる部屋に転がされているあたし。


その腕に痛みを感じ、動かそうとしたが、動かない。


手枷のようなもので頭上に固定されている。


コンクリートの床が冷たい。


鉄格子付きのはめ込み窓の外には、どしゃ降りの雨が見える。


外はまだ暗い。


「よぉ」


真上から覗き込むように、金髪の男が姿を現した。


気配を感じなかっただけで、ずっと居たのかもしれない。


拉致される前もだけど、この男は本当に気配を感じさせない。
「思う存分遊ばせてもらおうか」


気持ちの悪い笑みを浮かべ、男はあたしの上へ跨がる。


「…やめて」


手を拘束されているあたしにできる抵抗なんてたかが知れてる。


男を睨み付けることくらいしか術がないんだ。


「いいねぇ。もっと抵抗しろよ」


男の右手には冷たい色のナイフ。


そのナイフを器用に回し、あたしの恐怖を煽ってくる。


あたしなんて所詮武器がなければ何もできないんだ。


だったら抵抗するのはやめよう。


コイツの望み通り抵抗するのは癪だ。


「…好き勝手遊べば。あたしは構わない」


経験人数で言えばコイツなんて何十分の一にすぎない。


それがレイプだっただけ。


別にあたしはすでに汚れてるからもういいんだ。
「…あ?なんだてめぇ」


あたしの発言が想定外だったのか、ナイフを回す手を止め、射るような視線であたしを見下ろしてくる。


「だから、別にあたしで遊んでいいっつってんの」


抵抗なんてしない。


コイツの筋書き通り動いてたまるか。


どのみち犯されるんだから。


「チッ。変な女だな」


男はそう言ってナイフをあたしの頭スレスレにぶっ刺す。


そして、強引に唇を奪ってくる。


「…んっ…」


女慣れしすぎてる。


それがすぐに分かるようなキス。


…あぁ。


あたしはこのキスが嫌いじゃない。


酔ってしまいそうで、とろけてしまいそうで。


ナオ、ごめんね。


ナオ以外の男に抱かれて、初めて気持ちいいと思ってしまった。


ごめんなさい…ナオ…。

**

久しぶりにあたしがあたしじゃなくなった。


ナオですらあたしをこうすることなんてできない。


なのに、この男には…狂わせられるんだ。


全身がこの男を欲しがって、心ではあり得ないって思ってるのにこの男を求めてる。


…こんなの、あたしじゃない。


「お前、名前は?」


行為が終わり、グッタリしたあたしに男が話しかけてくる。


「…汐美玲香」


気がつけば外の雨は止み、太陽の光が射し込んできていた。


一夜だけの関係の男の名前なんて興味ない。


ナオは今どこにいるんだろう。


「汐美玲香…。琴吹組か」


……。


琴吹組の末端でしかないあたしの名前まで把握してるなんて。
「琴吹組の人間ならこのまま逃がしてやってもいいぜ。お前は見ちゃいけない光景を見たんだからな」


…見ちゃいけない光景?


あの集団暴行のことだろうか。


あんなのどこにでもあるケンカだと思ってたけど、違うのか。


「こっから逃げたいか?」


男はナイフを弄びながらあたしに尋ねてくる。


その目は刃以上に冷たい色をしていた。


ゾクッと背中に悪寒が走る。


「逃げたいなら今日からお前は俺の奴隷だ」


奴隷…。


奴隷と聞いて真っ先に浮かぶのは制裁を下された組の人間たち。


あんな風にはなりたくない。


けど、こんなところにずっと居るのも御免だ。


いっそのこと隙をついてこの男を殺してしまおうか。