「もしかして、あの人はそんな事も教えてなかったんですか?」

吉嶺の言う『あの人』とは、恐らく智大のことだろう。
今まで黙っていた吉嶺はしゃがんだままブレイブを撫で、藍里を見上げると眉を潜めた。

「後で聞かされるよりはその時……せめて、調査が終わって許可が出たらすぐに知らせてもいいと思うんですけどね。
大分経ってから“経歴や交遊関係など全て調査されてた”なんて、聞かされたら気分のいいものじゃないと思うんですけど」

「そ、れは……」

無理だったのだろうと藍里は思い、そっと視線を反らした。
あの頃の藍里は智大に対して誰よりも一番恐怖を感じていて、会話をするどころか目も合わせられず、一緒の空間にいることも苦痛で仕方なかった。

そんな藍里に智大が、『調査員が藍里のことを何から何まで調べている』と言おうものなら、藍里はさらなる恐怖を感じてまともでいられなかったかもしれない。

むしろ、藍里に何も知らさなかったのは不器用すぎる智大なりの優しさだったのだろうと今なら理解できた。

「それにしても……ついにご懐妊ですかぁ……」

がっくりと項垂れている吉嶺に入江が、これできっぱり諦めろ。と肩を叩くと吉嶺がのろのろと顔を上げた。

「……俺、自分の子供でなくても藍里さんの子供なら愛せますから……っ!」

「何のアピールだよっ!さっさと諦めろっ!!」

真剣な眼差しで訴えてきた吉嶺の背中を、入江が思い切り叩く。
藍里はそんな二人を前に苦笑するしかなかった。