私、雫井 花彩《しずくい かあや》は4月から高校2年生になる16歳。

3月29日の今は春休み中。

特にすることも無いので、その辺を散歩しようと家を出る。

なんとなく歩き続けて、たまたま見つけた川の近くの芝生に寝転がる。

『よいしょ。』

空は雲一つない晴天。

暖かくて気持ちいい。

だんだん眠くなってきて、目を瞑ろうとした。

その時に、

『何してるの?』

目を開けて、声のする方を見てみる。

男の人が花彩を見下ろしていた。

綺麗なさらさらの黒髪。

ぱっちり二重の色素の薄い目。

女の子かと思うほどの真っ白な肌。

そこには童顔の美少年が立っていた。

年齢は同い年くらいかな?

その男の人に花彩は答える。

『別に何もしてないよ。空見てて、眠くなったから、寝ようとしただけ。』

自分で発した声にヒヤッとした。

いつからこんな冷めた声で話すようになったんだろ。

でも、そんな私の冷たい返事に特に気にする様子もなく、男の人は

『ふ~ん。』

と答えた。

興味ないなら聞かないで。

『あ、俺は新崎 徹《にいざき とおる》。見えないと思うけど、これでも23歳だよ。よろしくね。』

にこにこと人懐っこい笑顔を向けてきた。

同い年じゃないんだ。

素直に可愛いと思った。

思ったけど、

『別に花彩はあなたとよろしくするつもりないけど。』

と返す。

だって会うのもこれが最初で最後。

よろしくしてどうするんだ。

『冷たいな~。花彩って言うんだ。一人称が名前呼びなんだね。ぶりっ子なんだね。』

カッチーン。

なんで一人称が名前呼びなだけでぶりっ子なの。

『うるさい。』

花彩は思いっきり、目の前の男を睨みつけた。

美少年とか可愛いとか前言撤回。

なんなの。

この男。

絶対腹黒い。

『あはは。ごめんごめん。冗談だって。いや~、可愛いなって思ってさ。だって、めちゃくちゃ冷たい声で話すのに、自分のこと花彩って呼ぶんだよ。ギャップ萌え的な!?』

やっぱりこの男むかつく。

『花彩って下の名前だよね?苗字は?』

『雫井。』

『何歳?』

『16。』

『この4月で高校2年生?』

『そう。』

『どこ高校?』

『泉ヶ丘《いずみがおか》高校。』

『県内トップ高か~。花彩って賢いんだ。』

『うん。』

なんなの。

この男。

なぜ花彩は質問攻めにあってるの。

そして、花彩が泉ヶ丘高校に通ってると知った時のこの男の顔。

意外そうに花彩を見るこの男の顔。

やっぱりむかつく。

まぁ、仕方ないのかな。

花彩の髪は長いシルバーの髪に、ブルーのインナーカラーを入れている。

新崎徹に見えてるか分かんないけど、両耳にはピアスを開けている。

そんな花彩が、県内で1番偏差値の高い進学校に通ってるなんて、信じられないんだろうね。

染髪もピアスを開けるのも校則違反だもん。

もちろん高校には、花彩みたいに髪を染めている生徒も、ピアスを開けている生徒もいない。

でも、泉ヶ丘高校の理事長と、教師に知り合いがいるし、成績はいつも学年トップだから、多少の校則違反は見逃してもらってるの。

『花彩!春休み中だからってハメ外しすぎたらダメだよ!黒染めすればいいって簡単に考えてるのかもしれないけど、色落ちはするし、髪は痛むし、大変なんだよ!』

『余計なお世話ね。黒染めはしないから大丈夫。1年前からずっとこの髪色。1年の時もこれで高校に行ってたし、これからもこれで行くつもり。』

『え?怒られないの?』

『大丈夫。花彩は学年トップだから。』

『へ~。ヤンキーなんだね。』

『あながち間違ってないよ。』

そう言うと新崎徹はびっくりしたように目を大きく見開いてこっちを見た。

『何?』

『いや~、ヤンキーって言ったらまた怒ってくるんだと思ったのに、案外あっさり認めるんだもん。花彩って面白いね。』

と言って笑っている。

『なにそれ。馬鹿にし過ぎ。』

『ごめんごめん。あ、そういえば、ずっと気になってたんだけど、それって結婚指輪!?花彩って結婚してるの!?』

『え?』

急に何言い出すんだ、この男は。

不思議そうにしていると、新崎徹は花彩の左手の薬指を指した。

花彩の左手の薬指にキラリと光る花びらが散りばめられた可愛いデザインの指輪。

それを眺める。

その時のことがふと脳裏に蘇った。

.......

『花彩愛してる。これからもずっと。俺が花彩を守ってやるから、だからずっとそばにいろ。左手出して。』

と言って、左手の薬指にするりとはめられたもの。

『え?』

『婚約指輪。花彩は俺のだって印。そのうち本物つけてやるからな。』

『私も愛してる。』

花彩のその言葉を聞いて微笑んだ彼。

『この指輪を見た時これだって思ったんだ。花びらのデザインが花彩を表してるな~って。俺花彩って名前すごく好き。』

.......

涙が溢れて来るのを必死に唇を噛んで耐える。

『花彩?』

新崎徹の声にハッとする。

そして平静を装いながら、

『婚約指輪。もう意味はないけど。』

と笑いながら言った。

『そっか。』

『何?こんなブスな女に彼氏がいた事が意外って?』

『彼氏がいた?今は付き合ってないの?』

『うん。』

なんとなく気まずい空気が流れる。

時間だけが一刻と過ぎる。

花彩はただ空を見ていた。

沈黙を破ったのは新崎徹だった。

『じゃあ、俺そろそろ行こうかな。何かあったらいつでも相談してね。じゃあまたね。』

と、にこにこ手を振って帰って行った。

『だから、またねってもう会わことないじゃない。』

そう呟いて、花彩はまた空を見た。

雲一つない空を見上げて、瞳から涙がこぼれ落ちた。

そしてら深い眠りへと落ちていった。

この時はまだ知らなかった。

新崎徹がまたねと言った理由。

そして、この日から花彩の運命の歯車が回り出すなんて。

それを知るのはもう少し先になる。