数日後、清水先生が言ってた通り穂海ちゃんのオペについてのミーティングが開かれることになった。
執刀は佐伯先生、第一助手が清水先生で、第二助手が俺。
俺にとっては、初めての大きな手術になるから、かなり緊張する。
「じゃあ、始めようか。患者は、悠木 穂海さん17歳。術式は、心臓弁置換術でいいね。ただ、穂海ちゃんの場合、先天的に内臓が全て逆転してる…所謂、内臓逆位の状態だから、オペ自体は普段の心臓弁置換術より難しくなる。ここまでは大丈夫?」
「えっ、穂海ちゃんって……」
「あれ?気付いてなかった?ごめんね、先に言っておくべきだった」
内臓逆位、それは何らかの原因で先天的に体に入っている臓器が全て鏡写しにしたように入っている奇病。通常は、何も体に支障はきたさないんだけど、今回のように手術となると、血管なども全て逆に配置されてるため、手術の難易度が高くなる。
…………それで、佐伯先生を呼んだのか。
「まあ、ここまで言ったらわかると思うけど、今回の難所はここだね。陽向を呼んだのもこのため。穂海ちゃんの心臓は通常の成人女性のサイズよりかなり小さめだし、逆転してるってなると、結構細かい作業が必要になってくる。かなりの長丁場になるのも覚悟しないとね。」
こんな難易度の高い手術の第二助手を任されたのは光栄だけど、その分プレッシャーもかなり大きい。
今日のミーティングで話を聞いて、医局戻ってからいっぱい練習しなきゃ……
先生達に置いていかれないように必死にメモを取りながら話を聞く。
この手術は何としても成功させなくちゃ。
だって、これは穂海ちゃんの命がかかった大きな手術なんだから。
そう思うと、より一層緊張が高まるばかりだった。
ミーティングも終わりに近づいた頃、突然俺のPHSが鳴った。
「すいません、ちょっとでます。」
先生方に断りを入れてから、席を立つ。
「はい、瀬川です。」
"瀬川先生、お忙しい所すいません。穂海ちゃんなんですが、30分前くらいから魘されてて様子を見てたんですけど、さっきからちょっとパニック起こしちゃって、過呼吸を起こしかけてるんです。でも、誰も近寄らせてくれなくて…"
「わかりました。ちょっと、待っててください」
電話は繋いだまま、先生達の方に駆け足で戻る。
「清水先生、穂海ちゃん夢でパニック起こしちゃってるみたいで、ちょっと俺、様子を見に行ってきてもいいですか?」
そう言うと、清水先生は前苑のこともあってか、すぐに了承してくれた。
むしろ、自分も着いていく と、一緒に来てくれることになった。
「俺、鎮静剤取ってから行くから、瀬川くん先行ってて。あまり、刺激しないであげて。とりあえず、まずはパニックを収めること優先で。」
「はい、わかりました。」
急いで、穂海ちゃんの病室に向かうと、穂海ちゃんは病室の隅で布団を被りながら泣いていた。
看護師さんの言う通り、呼吸もかなり苦しそうだ。
さらに、病室の中には、倒された点滴台や投げられたであろう物たちが散乱している。
「穂海ちゃん、わかる?小児科の瀬川です。ちょっと近付いてもいいかな?」
そう声をかけながら、そっと穂海ちゃんに近付いていく。
「いやあっ!!やだっ、やめてっ!!来ないでっっっ!!!!!!!!」
「どうした?怖い夢見ちゃったかな?1回、落ち着こうか、息も苦しいでしょ?」
できるだけ優しい声でゆっくり話しかけるが、穂海ちゃんは完全に怖さに支配されてしまっているようで、俺たちの言葉は届いていないようだ。
「ごめ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっっ、許して…許してっ…………もう、いやぁ…」
時折見える布団から覗く顔は真っ赤で、恐らく呼吸困難に陥りかけている。
それでも、清水先生が鎮静剤を持ってくるまでは、まだ無理やり近付くことも出来ず、ただ声をかけるのみ。
「穂海ちゃん、穂海ちゃん、よく見てごらん、誰も穂海ちゃんのこと傷つけないからね。大丈夫だよ、大丈夫だから、ゆっくり息してごらん。」
「いやぁぁぁ、ごめんなさい、ごめんなさいい!!」
「穂海ちゃ…」
そこまで言いかけたところで、清水先生が病室に入ってきた。
「穂海ちゃん、ごめんね、急に来てびっくりさせちゃったね、大丈夫だからゆっくり深呼吸だよ、大丈夫、大丈夫」
そう言って清水先生が少し強引に穂海ちゃんを抱きしめる。
それから、目で合図が送られてきて、その隙に俺が穂海ちゃんに鎮静剤を打つ。
「いやぁっっ!!」
最初こそ、暴れていた穂海ちゃんだったが、時間が経つにつれ、鎮静剤が効いてきたのか、暴れるのをやめ、静かに涙を流すようになった。
「ヒック……グスッ…………ぃゃぁ………………」
「大丈夫、大丈夫。怖くないよ。誰も穂海ちゃんを傷つけないからね。」
清水先生に抱っこされた穂海ちゃんは、ベッドに戻され、酸素マスクをつけられる。
「よしよし、ごめんね、息苦しかったでしょ?コレつけたら少し楽になるから、ちょっと我慢してね」
「グスッ…………ヒック…ヒック……」
「好きなだけ泣いていいよ。大丈夫。嫌な夢見て怖かったね。もう安心していいからね。」
そう穂海ちゃんを宥める清水先生を俺は立って見ることしか出来ず、少し不甲斐ない気持ちになる。
せめて…の思いで、俺は穂海ちゃんの手をキュッと握る。
冷えきった手を温めるように、冷たくなった心が少しでも温かくなってくれるように、そう思いながら手を握っていると、なんだか、俺まで切なくなってきて、涙が込み上げてきた。
「大丈夫、大丈夫、きっと、俺が助けてあげるからね…」
しばらくして、清水先生は他の患者さんからの呼び出しがかかり、病室には俺と穂海ちゃんの二人きり。
ちょっと前から穂海ちゃんは、俺の白衣の裾をギュッと握りしめて、どこか遠くを見つめている。
虚ろげな瞳が、ふと開いたと思ったらポロポロと涙を流すばかり。
いたたまれなくて、声をかける。
「どうしたの?……怖いもの見える?」
…………コクン
少し間が空いてから、小さく頷く。
「何が見えるか言えるかな…?」
「…………ぃ…たい……なぐ、られる…………………い……や…………」
「痛いことされる夢を見ちゃったの?」
…………コクン
また、間が空いて小さく頷くのが見える。
「悪夢って嫌だよね…逃れたくても逃れられないのが辛い……起きてからもしばらく怖いよね」
頭を撫でてあげながらそう言うと、穂海ちゃんは俺の白衣の袖を掴む力をより強くした。
「……今度からさ、そういう夢見たらすぐに俺たちに教えて?ナースコール押すだけでもいいよ。そしたら、すぐ駆けつけるからね。何かあったらいくらでも言って?できるだけ、穂海ちゃんの力になれるように俺たちも頑張るからさ」
……コクン
「…………せ、んせ」
「ん?なあに?」
「あ、あのっ……………て…」
「手?」
「…………………………握っても、いいですか……?」
一生懸命そう言う穂海ちゃんの姿に、思わず綻びてしまう。
「もちろん、いいよ。俺でよければ、いくらでも握ってて」
そう言って手を握ってあげると、穂海ちゃんは照れたように少し顔を赤くした。
少しずつ、二人の間の差が縮まっているような気がした。
その日の次の日、病院に警察が来る日が決まった。
今週末、金曜日に話を聞きに来るらしい。
俺は、それを穂海ちゃんに伝え、話ができるようにセッティングしなければならない。
……残された時間は少ない、その中でどの方法が穂海ちゃんにとって最善かを考える。
やはり、まだ"大人"自体に恐怖を抱いている現状で、知らない警察官といきなり事情聴取は辛いだろう。
俺が入っても、きっと状況はそう変わらない。
一番いいのは、警察に別室で待機してもらって俺が伝えに行く方法だけど、そうなると偽装の可能性もありるのできっと警察は許してくれないだろう。
……今から恐怖心を完璧に除くのも難しいだろうし…
どうしたものか…………
そう考えていた時、ふいに肩をポンポンっと叩かれた。
振り向くと、兄貴がいた。
どこからか、話を聞いたようで小さく手招きをしてから誰も使っていない部屋に通された。
「穂海ちゃんの件、だいぶ難しそうだね。」
「……うん。どうするのが穂海ちゃんにとっての最善なのか…ってずっと思ってるんだけど……中々難しくてさ」
「そうだよね、俺も今日ずっと考えてたんだ。どうしたら、穂海ちゃんに怖い思い、辛い思いをさせずに済むだろうって。……でも、いくらなんでも少し時期が遅すぎた。…今、俺たちにできる最善は、きっと少しでも怖さを取り除いて、取り乱してしまった時に一秒でも早く落ち着かせてあげられることだと思うんだ。」
そう言う兄貴の顔は真剣で、そして少し悔しげでもあった。
「そのために、当日、穂海ちゃんに会わせる前に警察の方と少し打ち合わせをして、実際に事情聴取の時は傍にいさせてもらおう。くれぐれも、大人に対する恐怖心を増加だけはさせないようにして。……穂海ちゃんも、少し話して自分を傷つけない人だとわかったら、そこまで派手に取り乱しはしないと思うから。」
兄貴の言葉に頷きを返す。
穂海ちゃんを見知らぬ大人に会わせることは沢山のリスクが生じることになる。
もしかしたら、怖さを助長させてしまうかもしれない。
もしかしたら、トラウマをフラッシュバックさせてしまうかもしれない。
その様々なリスクをできるだけ避け、穂海ちゃんの心を守ってあげるのが俺たちに与えられた使命というか…
穂海ちゃんを守ってあげたいと公言した自分の使命だ。
時間は少ない…
だからこそ、今、動かなければならない。
「兄貴、ありがとう。俺、穂海ちゃんの所に行ってくるよ。難しいけど、俺が彼女を守るって言ったから。」
「おう、頑張れよ。何かあったら俺もサポートするから。」
そう言ってくれる兄貴はとても逞しくて、かっこよかった。
コンコンッ
「穂海ちゃん、入ってもいい?」
「うん」
カラカラッと扉を引き、病室へ入る。
ここ数日、穂海ちゃんは小さいながらも返事をすぐにしてくれるようになり、俺が病室に入るのも拒むことがなくなっていた。
「急に来ちゃってごめんね、少しお話がしたくて」
「ううん、大丈夫…私も、暇だったから」
前よりスムーズに行くようになった会話に少し安心して、ベッドサイドのイスに腰掛ける。
「なら、良かった。話自体はすぐ終わるんだけどね、ちょっとお願いがあって……」
「…………お願い?」
「うん。…実はね、穂海ちゃんがここに運ばれて来た日何があったのか、警察の人が知りたくて、穂海ちゃんからお話を聞きたいんだって。」
そう言うやいなや、穂海ちゃんの顔から安堵の表情は消え失せ、不安の表情が広がっていく。
「……けいさつ…?」
「うん。……この前運ばれてきた時、穂海ちゃんの体には痣がいっぱいあった、栄養失調にもなっていたし、体中びしょ濡れで低体温にもなっていた。…その状況をみて、病院が通報しちゃったんだ。それで、話を聞きに来る。」
「………………ぃゃ」
「……怖い?」
そう言うと、穂海ちゃんは首を横に振る。
「……わ、私が…………警察に言ったことがバレたら…こ、こ、殺される………………」
穂海ちゃんの声は酷く震えていて、目には恐怖しか映っていない。
「……そっか、それで怖いのか。…でもね、それは大丈夫だよ。穂海ちゃんが証言してくれたら、穂海ちゃんに酷いことをした人は警察に捕まるし、穂海ちゃんは病院にいれば、病院は安全な場所だから大丈夫。それは、心配しないで。」
そう言って、背中をさする。
しかし、穂海ちゃんの不安の表情は消えない。
「でもっ、でも……万が一見つかっちゃったら?今度こそ殺される…、それに…………私は殺されてもいいけどお母さんは??きっと、次はお母さんがやられる!!捕まっても、いつか出てきた時、あの男はきっと私たちを殺しにくる…!!嫌だっ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっっっ!!」
目を強く瞑り耳を塞いだ穂海ちゃんは、だんだんと呼吸が荒くなり過呼吸になりかけていく。
「穂海ちゃんっ、落ち着いて。大丈夫だから、ね?1回、落ち着いて呼吸しよう?」
「ヒックヒック…ハァ……ヒックヒック…、い、やあっヒック」
「穂海ちゃん、落ち着いて。ゆっくり息を吐いて。大丈夫だから、落ち着いて。」
背中を擦りながら呼吸を促し、時間をかけてなんとか呼吸を落ち着かせる。
でも、穂海ちゃんの顔は涙でぐしょぐしょで、疲れ果てた体はベッドに預けぐったりとした様子だ。
「ごめんね、急な話でびっくりしたね。…息、苦しくない?」
………………コクン
穂海ちゃんの窓の外に向けた目は虚ろで、体はまだ少し震えている。
「この前、俺が穂海ちゃんを守るって言ったの覚えてる?」
…………コクン
「俺、不器用だから、まだ上手くいかないこともいっぱいあるかもしれない。…こうやって、穂海ちゃんを泣かせちゃうかもしれない。……でもね、穂海ちゃんを守るってことだけは絶対にやり遂げるから。穂海ちゃんを傷つけないし、誰からも穂海ちゃんを傷つけさせないって誓う。こんな俺だから、頼りないかもしれないけど、少しだけ信じてみてくれないかな?穂海ちゃんは殺させないし、穂海ちゃんのお母さんも殺させない。もしも、何かあったら俺がどんな手を使ってでも守るから。」
そう言うと、ふと虚ろげな瞳がこちらを向いて目が合う。
ポロリ
涙が一粒零れ、それに続くように後から後から涙が穂海ちゃんの両目から溢れてくる。
「……信じて、くれる?」
………コクン
いつの間にか、俺は穂海ちゃんを抱きしめていた。
いつか涙も見えなくなるくらい笑顔にさせてみせるから。
不器用だから時間がかかるかもしれない。
でも、絶対約束は守るから。
もう少し、俺を信じて待っててくれないか。
後悔はさせないから。
「お疲れ様です」
医局に入り自分のデスクまで向かうと、途中で清水先生に呼び止められた。
「お疲れ。穂海ちゃん、様子どう?……話、できた?」
清水先生もやっぱり穂海ちゃんを気にかけてくれているらしく、こうやって頻繁に様子を聞いてくれる。
「…はい。一応出来たんですが……」
「難しそう?」
さっきの穂海ちゃんの表情が浮かび、少し気が凹む。
「……はい。自分が思っていたより、穂海ちゃんは、暴力を振るってた男に怯えているみたいで、『警察に話したら殺される』って……怯えて泣いちゃって…」
清水先生もそれを聞いて、表情が曇る。
「……そっか…。………………一度、殺されかけた経験があるからこそ、『次こそは…』って思っちゃうのかもね。……辛いな」
「…はい。やっぱり、まだ日が経ってないのもあって、より怖いんでしょうね……。怖い思い出、嫌な思い出……全部消してあげられたらいいのに…」
「俺もいつもそう思ってた。朱鳥もそれで苦しんでたから。………………あぁ、そっか…!!」
そう言って、清水先生は急に顔を上げる。
「そうだ、朱鳥だ。朱鳥に穂海ちゃんの話してもらえないか頼んでみよう。きっと、同じ体験をしたことがある人にしかわからない辛さとか苦しさとかあるだろうから、穂海ちゃんも話聞いてもらったら少し楽になるんじゃないかな。」
そうか、その手があった。
根本的な恐怖心は取り除けなくても、少しは気持ちを楽にさせてあげられるかもしれない。
「今日家帰ったら頼んでみるね。きっと、朱鳥も喜んで引き受けてくれると思う。」
そう言った先生の顔は嬉しそうで、俺も希望が見えてきたことで嬉しくなる。
思わず、顔が綻んだ。
コンコンッ
「………………はい。」
「失礼します」
カラカラッとドアを開けて瀬川先生が入ってくる。
「急にごめんね、今日はちょっと話したいことがあって。」
また、何かあるの?
この前、取り乱してしまったことを思い出して、少し気分が落ち込む。
嫌だな
もう、思い出したくないのに…
「……なに?」
「今日はね、会わせたい人がいるんだ。」
そう言って瀬川先生が連れてきたのは、知らない女の人だった。
誰?
なに?
私を捕まえに来た?
そう思った途端、頭が真っ白になる。
いや
嫌
やめて
帰りたくない
戻りたくない
また、あそこに連れ戻されるの??
また、毎日痛いことされるの???
嫌だ
やめて
帰りたくない
焦る心に伴って、呼吸が上手く出来なくなる。
嫌だ
やめて
「穂海ちゃん」
なに?
やっぱりここにいちゃダメなの?
やっぱり私のこと捨てるの??
私が悪い子だから??
私が悪い子だから、みんな私を嫌うの??
捨てるの?
嫌だ
捨てないで
帰りたくない
無意識に大粒の涙が零れる。
呼吸はどんどん出来なくなり、どんどん苦しくなっていく。
苦しい
苦しい
心も体も苦しいよ…
助けて
誰か、助けて
「_____みちゃん、穂海ちゃん、落ち着いて。過呼吸、苦しいでしょ?一緒にゆっくり深呼吸してみよう。」
なんで優しくするの?
どうせ捨てるのに
捨てるなら最初から優しくしないでよ
もう、やめてよ
ちょっとでも、浮かれた私がバカだった
やっぱり誰も私なんか要らないんだ
みんな私を嫌ってる
だから、みんな私を捨てる
なんで
なんで捨てられないといけないの
いやだ
1人は嫌だ
ごめんなさい
ごめんなさい
不出来な人間でごめんなさい
何を思ったのか、体はこの病室から出ようと勝手に動き出す。
でも、力の入らない体じゃフラフラで、立ち上がった瞬間、体が前へと傾いた。
床が迫ってくる。
ゴツンという鈍い音と共に痛みが走り、私はそこで意識を失った。
目を覚ますと、もう窓の外は真っ暗だった。
あれ、私何してたんだっけ……
あ、そっか
倒れて頭、ぶつけたんだっけ…
そっと額を触ると、包帯の感触がした。
傷はまだ、少し痛む。
でも、それより…………
さっき起きてからずっと胸がツキツキと痛んでいた。
物理的な痛み…じゃなくて、内面からの痛み。
昔、よく感じてた痛み。
寂しくて悲しくて
慣れているはずの一人がものすごく怖くなる。
誰か傍にいて欲しい
でも、私はこんなんだから、誰も寄り添ってなんてくれない。
鼻の奥がツンとして、目から雫が2粒溢れる。
寂しい
寂しい
一人はいや
一人にしないで
ごめんなさい…
迷惑かけてごめんなさい……
いい子にするから、そばにいさせて
じっとしてるから
静かにしてるから
だから、捨てないで
置いていかないで
「__ちゃん、穂海ちゃん?どうした?傷、痛む?」
突然の声に驚いて顔を上げると、そこには優しい顔の瀬川先生…
その顔を見ただけで、何故か胸が暖かくなってさらに涙が溢れてくる。
「あらら、どうした?どこか、苦しい?」
ウウン
「違う?……じゃあ怖い夢でも見たのかな?」
ウウン
「それも違うのか…もう、そんなに泣いてどうしたの?また、苦しくなっちゃうよ?」
優しい言葉をかけられるたび、嬉しさなのかなんなのか、どんどん涙が溢れて止まらない。
「………………さ、びしかった」
「…よしよし、そっか、ごめんね、目覚めたのにすぐに気付いてあげられなくて。寂しい思いさせちゃったんだね。そっかそっか、でも、もう大丈夫だよ。俺がここにいてあげるから。大丈夫。だから、泣かないで?」
さらに優しい言葉をかけられ、胸がいっぱいになる。
背中を摩ってくれる手は暖かくて、また涙が出た。
「大丈夫、大丈夫。もう寂しくないよ。」
ずっとかけられたかった言葉
何年もこうして欲しかった
色々な感情が溢れ出して、涙はしばらく止まる気配がない。
でも、こうして貰えるなら、まだ少し涙は止まらなくてもいいや…