数日後
「本当にご迷惑おかけしました!」
「いやいや、そんな謝んないで。誰にでも体調を崩すことはあるからさ。」
俺は、今日から完全復帰。
周りの色んな先生や看護師さんたちにも迷惑をかけたから、その分人一倍頑張らなきゃ。
まず、復帰第1の仕事は____
「穂海ちゃん、おはよう」
「っ!!……碧琉先生っ!!」
驚いた顔の穂海ちゃん。
「心配かけさせてごめんね、もう元気だから今日からまたよろしくね」
「……っ、良かった…」
穂海ちゃんは何故か泣きそうで、清水先生はそれを微笑んで見守ってくれている。
「じゃあ、今日からは退院に向けて色々準備していこうね。」
そう言った途端、穂海ちゃんの顔が一瞬暗くなる。
「……うん」
…前に、退院するの怖いって言ってたっけ……
ひとりになっちゃうのが嫌なのかな…
「大丈夫だよ。退院しても、また検診で二週間に1回は会えるし、それに3月になったら迎えに行くって言ったでしょ?」
「…まだ、その約束……覚えていてくれたの?」
「当たり前だよ。軽はずみな気持ちで言ってないから。少しの間、会える時間が少なくなるけど、ずっとそばに居るって約束は忘れないから。」
そう言って手を握ると、穂海ちゃんの顔はほんのり赤い。
「穂海ちゃん、熱ある?」
カルテを見るも、朝の検温は平熱だ。
「…大丈夫」
「ほんと?具合悪いところない?」
「うん…」
まだ顔が赤いのが気になったけど、熱もなさそうだし、診察をして何も無ければ大丈夫だろう。
部屋、暑かったかな?
先生に手を握られた時、胸がドキッとした。
ちゃんと約束覚えていてくれたのが嬉しくて、でもそれだけじゃなくて「軽はずみな気持ちじゃない」って言ってくれたのが何よりも嬉しかった…
照れる気持ちが抑えきれなくてほっぺが赤くなってたのか、碧琉先生は熱と勘違いしてくるし……
でも……、先生が私のことをこんなに思ってくれているのが本当に本当に嬉しい…
先生とずっと一緒にいたくて…、ずっとそばにいて欲しくてたまらない。
先生のことを考えると、胸がドキドキする……
先生は私のことどう思ってるんだろう…
頭の中が先生のことばっかりで埋め尽くされる。
先生、先生……
また変な気持ち。
この気持ちはなに?
お昼
また回診じゃない時間にドアがノックされた。
「はい」
返事をすると、「失礼します」という声と共にドアが開く。
「こんにちは。また、遊びに来ちゃった」
そう言って笑ったのは園田先生。
手にはまたお菓子の袋。
そうだ、園田先生になら朝のドキドキした気持ち何かわかるかな…
園田先生、精神科って言ってたからきっと詳しいと思うし……
「ん?どうしたの、穂海ちゃん。そんなに思い詰めた顔して。」
考えていたのが顔に出ていたのか、そう聞かれる。
「…先生、少し聞きたいことがあって……」
「なあに?何でも聞いていいよ。」
そう言って笑ってくれた先生に、私はゆっくりと心の内を話しはじめた。
「んー、そっか。ドキドキしたり、ずっと考えちゃうのか…」
「…うん……」
「なるほどね。…多分ね、」
先生は微笑んだまま、口を開く。
「それは、恋じゃないかな?」
こい?
こいってあの"恋"?
これが、恋?
じゃあ、ドキドキしたりずっと考えちゃうのは全部…
「穂海ちゃん、瀬川くんのこと好きなんだね。」
顔が真っ赤になるのを感じる。
「初恋かな?」
……コクン
「ふふっ、顔真っ赤。そっか、そっか。良かったね」
何が良かったのかわからないけど…
とにかく、何か恥ずかしくて照れくさい。
「乙女だね~」
園田先生はずっとニコニコしていて、余計恥ずかしくなる。
「……でもさ、穂海ちゃんが好きだと思える人が出来て良かった。」
「え?」
「なんでもないよ。」
先生はそう言って誤魔化したけど、本当はちゃんと聞こえていた。
先生、私のこと心配してこうやってお話に来てくれていたのかな。
「…先生」
「ん?どうした?」
「……これからも、また、相談乗ってくれる?」
そう言うと、先生は笑顔で頷いた。
「もちろん。いつでも聞かせて。僕も聞いてるだけで楽しいから」
最近、小児科でチラチラと園田先生を見かけることが多くなった。
前までは、ほとんどと言っていいほどすれ違ったこともなかったのに…
理由の一つとして、この前の穂海ちゃんのことがあるだろう。
先生は、穂海ちゃんのことを気にしてよく病室に出入りしているみたい…
でも、"気にしている"だけにしては回数が多すぎる気がした……
さらに、ほぼ同時期から穂海ちゃんの態度がやけに素っ気なくなって、前までは、甘えてくれることも多かったのに、最近はさりげなく避けられてしまう。
…………正直言って、嫉妬した。
俺の方が、ずっと穂海ちゃんに関わってきたのに…
最初に穂海ちゃんを守るの約束をしたのは俺なのに……
俺は、途中から出てきた先生に穂海ちゃんを取られてしまうのか?
取られるって表現は変だけど…でも、そういうことと見なしていいのかな……
穂海ちゃんは、園田先生の方が良いと思っちゃうのかな…
園田先生、かっこいいし優しいし、当たり前だけど、俺なんかよりもしっかりしてて……
あぁ、自信がなくなってくる。
自分と園田先生が闘った時勝てる想像が出来ない…
でも、本当になんでこんなに急なんだろう……
園田先生、俺が穂海ちゃんに気があること知っていたのか?
知っていて、横取りみたいな真似を?
園田先生に限って、そんなことは無いと
思いたいけど………
「穂海ちゃん、このお菓子好きだよね。」
そう話しているのを、俺は聞いてしまった。
仕事に私情は持ち込まない…と冷静になろうとするも、休憩の度に思い出してしまう。
なんで、園田先生が穂海ちゃんの好きなお菓子を知っているんだろう…
しかも、あの口ぶりだと何度も一緒にお菓子を食べているみたい……
というか、そんなに勝手にお菓子を食べさせていいのか?
治ったとはいえ、まだ入院中だからそんなに好き勝手病院食以外を食べられたら困るし…
でも、そんなこと俺より長くいる園田先生は知っているよな?
じゃあ、なんで……
というか、俺の知らないことを園田先生が知っているという事実が気に食わなかった。
俺には冷たいのに、園田先生がいる時は穂海ちゃんの病室からは笑い声が聞こえてくる。
あぁ、ダメだ。
ずっと考えてしまう。
もう、気になるの一言じゃ済ませない感情があることに薄々気付いていた。
穂海ちゃんをあんなに守りたいのは、こんなに悔しい思いをするのは…
ただ一つしかない。
いつ気持ちをぶつけようか…
時期を伺っているうちに、どんどん日時は過ぎていって、穂海ちゃんの退院も近づいて行く……
そろそろ、本当に気持ちを伝えなきゃ。
そうじゃないと、絶対に後悔する。
奪われたままになんかするものか。
そう思って、俺は笑い声が聞こえる2人がいる病室に飛び込んだ。
ノックもせずいきなり入ってきた俺に、園田先生も穂海ちゃんも驚いた表情を浮かべる。
「せ、瀬川くん?どうしたの、急に。」
そう言われて、急に飛び込んだのは言いもののセリフを考えてなかったことを思い出す。
「あ…その………、お菓子、そんなに食べて大丈夫なんですか…」
無理やり絞り出して言ったものの、嫌な言い方になってしまったかもしれない…
穂海ちゃんだって、きっと甘いもの食べたいだろうし……あぁ、嫌な奴だと思われたらどうしよう…
「あぁ、これか。これは大丈夫だよ。ちゃんと、担当の栄養士さんと相談の上だから。ごめんね、瀬川くんに許可とるべきだったね。」
「い、いえ……」
顔から火が出そうだ。
カッコつけて言ったものの、全然見当違いだった奴みたいじゃん…
うぅ…恥ずかしい……
「…それより、本題はそれ?なにか、用があったんでしょ?」
そう言われて、ギクリとする。
伝えようと思って飛び込んだのに、今のところ滑って大恥をかいているだけの人になってしまっている…
ちゃんと言わなきゃ
園田先生には渡したくないから……
「あ、あの…」
「うん」
「穂海ちゃんを守るのは俺です。…ちゃんと約束だってしてるし。……だから、その…穂海ちゃんは渡しませんから!」
言い切った
でも、病室にはヤバそうな空気が流れている。
ぷっと吹き出す音が聞こえて、顔を上げると園田先生が可笑しそうに笑っていた。
「瀬川くん、心配しなくても僕は穂海ちゃんを取ったりしないよ。第一、今も相談に乗ってただけだし。ね。」
穂海ちゃんの方を見ると、穂海ちゃんは何故か顔を赤くして俯いている。
「ねえ、瀬川くん。言いたいこと、本当にそれだけ?病室出てるからあとはおふたりでどーぞ」
え、
戸惑う間もなく、園田先生はヒラヒラと手を振って病室を出ていった。
病室には気まづい雰囲気が流れる
お互い、何も言い出せなくて、それがさらに言い出しづらい空気を作る。
どうしよう…こういう時は、俺から切り出さないと。
でも、なんて切り出せばいいかな、変なこと言って嫌われちゃったらいやだし……
…いや、もういいや。
こうやって変に考えるから緊張するんだ。
もう、思い切って言ってしまえ
「ねえ、穂海ちゃん」
穂海ちゃんは、ゆっくり顔を上げて俺を見る。
あぁ、緊張で口から心臓が出てきそうなほど鼓動が激しい。
「あのさ」
「…うん」
「好きです。俺と、お付き合いしてください。」
「好きです。俺とお付き合いしてください。」
驚きで言葉が出ない…
碧琉先生が、私のことを好き……?
うそ
うそだ…
本当に?
だって、だって…碧琉先生にとっては私なんてただの患者でしかないんじゃ……
でも………あんなに、優しくしてくれたのって…そういうことだったの?
「…ほ、本当?」
ようやく絞り出した言葉はそれで、まだ驚いた心臓の鼓動はうるさいまま。
「うん。本当だよ。」
碧琉先生の真摯な眼差しに、さらに鼓動がうるさくなる。
先生が私を好き…
私は先生が好き……
これって…これって……
…………両思い?
何故か、目頭があつくなって涙が溢れ出す。
…すごく、嬉しかった
嬉しくて嬉しくてたまらなくて
言葉にならない感情が涙となって溢れ出す。
「わ、私もっ……好きです」
泣きながら必死に伝える。
はじめての恋心
叶わないと思ってた
碧琉先生とは年齢差もあるし、私なんかと比べ物にならないくらい碧琉先生は素敵で…
「…返事、OKって捉えてもいい?」
コクン
私は、しっかりと頷いた。
「……よかった…」
そう言うと、先生は泣きそうな顔で笑って私の手を握ってくれた。
先生の手はすごく暖かくて大きい。
「改めて、これからよろしくね。」
ニコッと笑いかけてくれた顔は、とてもかっこよかった。