詩穂はただ顔向けできないという気持ちから、そのときの美沙の誘いを断ってしまっていた。

「そうだったんだ……。ごめんね」

 そのとき、ひとりの男性が近づいてきた。三十代前半くらいで、髪を短く整えた爽やかな男性だ。

「美沙、お友達?」
「そうなの。智直(ともなお)さん、こちら私の大学時代の親友の小牧詩穂さん。詩穂、うちの主人です」

 男性は笑みを浮かべて軽く頭を下げる。

「北川(きたがわ)智直です。妻がお世話になっております。さ、美羽(みう)、パパのところにおいで」

 美沙の夫は美沙の膝から女の子を抱き上げて、ブランコの方に連れていった。詩穂と美沙がゆっくり話せるよう、気を遣ってくれたようだ。

 美沙は詩穂に体を向けて話し始める。

「亜矢美(あやみ)が『きっと詩穂は私たちに申し訳ないって思ってるんだよ』って言ってたけど、詩穂は起業がうまくいかなかったことを気に病んでるんだよね?」

 詩穂は膝の上で両手を握り、黙ったまま頷いた。

「起業のことは残念だったけど、あのあと……私も亜矢美も就職先を見つけて、ちょっと大げさかもしれないけど、新しい人生を歩み始めたんだ。就職先で今の主人と出会って、かわいい子どもも授かって、私、幸せだよ。詩穂との起業がなければ、主人とも美羽とも出会えなかったかもしれない。今はふたりのいない人生なんて考えられないもの。私、今すごく幸せだから、詩穂はいつまでも罪悪感を持たないでほしい」