わたしは、彼の背に隠れながら、自分の身体を抱きしめた。変な汗が、毛穴の至るところから出てきて、妙な寒気がする。


「はあ?狐井、あんた、マジでチクってたの?」


指先から、一瞬のうちに体温がなくなる。彼女の顔が見れない。突き刺さる視線が冷たく、痛い。

例え、わたしの告げる言葉が真実だとしても、悪者になるのは避けられない。だから、言いたくなかったのに。言いたくても、言えなかったのに。


「…狐井さん、逃げよう」


なんで、途中で参加してきたあなたが、わたしの隠してきた秘密を躊躇なく言ってしまえるの。なんで、自分がしたことが正しいかのように、歯を見せて笑えるの。
わたしには、あなたの正義がわからない。


「…助けてくれてありがとう。でも、わたしはあなたに真実を話してほしいなんて頼んだ覚えはないし、言ってほしくなかった」


伸ばされた手に、自分の手を重ねることができなかった。彼とわたしは置かれている環境が違うから、きっとお互いを理解し合うのが難しい。


「あんたのせいで、古典の成績が下がって単位取れなかったらどうしてくれんのよ!自分のことばっかり考えて、ふざけんな!」


彼女には正論というものが通じない。世間一般ではわたしの意見が正しかったとしても、彼女の中では彼女自身の意見が満場一致で採用されるのだ。だから、どうしたってわたしの意見は悪でしかないし、言い返したって無駄だって、わかってる。


「あんた、自分が一切悪くないとでも思ってんの?言っとくけど、あんただって充分悪いところがあるんだからね」


彼女は、人差し指でわたしの目を指差しながら、嘲るように言う。


「あんたのその小憎たらしい目つき。自分がそれなりにできるからって、できないあたしたちを見下してる」


見下してなんかない。目つきが悪いってだけでからかわれることはよくあったけど、ここまで難癖をつけられるとは、思ってもみなかった。