ハルコの銃が再び、川島に向けられる。それと同時に愛が引き金をひき、ワイヤー針がハルコの肩に突き刺さる。すると今度はハルコが銃を愛に向け、引き金をひいた。が、その瞬間川島が彼女の足を引っ張り、体勢が崩れた状態での発砲となり、弾は愛の肩をかすめた。百万ボルトの衝撃がハルコの身体を走ったが、動けなくなるほどではなく、すぐさま再び銃口を川島に向けた。

「川島さん」

その場に膝をつき、肩の傷口を押さえながら愛が叫ぶ。

「やめて」

そう叫んだのはハルコだった。それから、川島に向けていた銃口を自分自身の口へと運んでいった。そして、彼女は船のへさきのような形の建物に目を向けると、ひとすじの涙を流した。「姉さんとここにいたあの頃が一番幸せだった……」

「いや……」

愛の口から、溢れる涙とともに力なくこぼれ落ちる嘆き声。

「私は瞳……もちろん本物の姉さんではなくて、晴子の中の人格の一人よ。刑事さんの言うとおり、私にはずっと、記憶にあるやさしい姉への思いがあった。でもそれは残酷なまでの裏切りから、激しい憎悪へと変わった。ううん。違うわね……それはきっと私の誤解から生じたもの、私の弱さが生み出した怪物。私はもう一人の私を……ハルコの悪事を止めたかった。だけど、結局は私も弱いままで……記憶喪失の彼は私が求めたんだと思う。新しく生まれ変わった人になりたかった……でも、やっぱりそう都合よくはいかなくて……顔を変えても……ハルコを無理やり消そうとしても消えるはずなかった。それは彼女が……私が犯してきた罪と同じこと。だから、もうこれで本当の終わりにする。愛ちゃん、最後にあなたに会えてよかった。あなたのお姉さんを大切に思う気持ちが、最後の最後で私をハルコに勝たせてくれた。そして、お姉さんのこと本当にごめんなさい……それと、ありがとう」

最後に彼女は微笑んだ。

「いや――」

重なる銃声が断末魔にも似た愛の叫び声を空しくかき消した。

 光学園の前には数台のパトカーと救急車が赤色灯を回しながら停まっている。規制線のロープの向こうではたくさんの鑑識の係員たちが動き回っている。

 担架で運ばれる川島のそばに付き添いながら歩く愛。

「大丈夫ですか? 川島さん」

「ああ、なんとか急所は外れていたみたいだ。命に別条はない。私より君の方こそ、撃たれただろう?」

「ああ、でもかすっただけですから、たいしたことないです」

「しかし、これじゃ自分のために救急車呼ばせたようなもんだな。まさに刑事の勘ってやつか……ハハ……イテテ……」

「もうそんなこと言っているからですよ」

 救急車に担架が運び込まれると、最後に川島がウインクした。サイレンを鳴らし、車が走り出す。愛はそれを見送った。

 山下公園近くの教会の礼拝堂に愛は親代わりの上野牧師と兄のように慕う金太郎と一緒にいた。

「なんと複雑な……大変な事件に巻き込まれていたのですね」

牧師が驚きの表情を見せながら言った。

「愛ちゃんが無事で本当によかったぜ」

金太郎がおおげさに胸をなでおろすしぐさを見せる。

「本当ですよ」

牧師がうなずく。

「でも、念願だった犯人が見つけられてよかったじゃないか」

金太郎が微笑む。

「うん……初めは私……犯人のことがとても憎かった。できればこの手で殺してやりたいとさえ思っていたわ。ごめんなさい、上野牧師……でも、だけど……彼には死んでほしくなかった。多重人格……それがなんなのかは私にはよくわからない。確かに彼とハルコはまったくの別人格だったかもしれない……けど、少なくとも彼とハルコは同じ一人の人間だった。とにかく人を殺すなんて最低、最悪の罪よ。お姉ちゃんのことは今でもくやしく思う……だけど、その罪を犯してしまう人間っていうのは必ずしも悪人一辺倒とは限らないのかもしれない……だって人はみんなそれぞれに他人にはわからない悲しみや苦しみの中で戦い続けているんだもの。だから、自分に負けちゃ……弱い心に負けちゃダメなんだって、そう思ったの」

「まさに罪を憎んで人を憎まずですね」

牧師が言った。

「それじゃ、後は今を生きている俺たちが、死んでいった人たちの分までもがんばって生きて、そういう悲劇を二度と起こさないように努力し続けてゆくってことだな」

「うん」

金太郎の言葉に愛が笑顔でうなずく。

「お、いい笑顔だね。それだよ、それ」

「しかし、金ちゃんいいこと言いますね」

「でしょう? 牧師様。俺だってね、こう見えて色々と考えて……」

「ごくたまにですけどね」

「え?」

「ハハハ」

愛が大声で笑う。

「ひでぇな…そりゃ無いよ…」

三人の笑い声が礼拝堂に響き渡る――