【完】一生分の好きを、君に捧ぐ。

大賀君は……なにかを試しているの?


腿の上にのせた拳に、ぎゅっと力を入れた。

「……大賀君のほうが私といるのが嫌になったら、いつでも別れるから。だから、もう少し、一緒にいたい……」


「どんだけ自分のこと下げんの?」


目の前の大賀君は、私なんかよりずっと傷ついたみたいな顔をしていて、その声は冷たく……がっかりしているように聞こえた。


そんな表情をさせたいなんて、私は微塵も思っていない。


だけどきっと、全然届いていない。


「大賀君が……大好きだからだよ」


「んー……。やっぱわかんない。なんで俺なの?歌聴いて惚れたくらいなら、たいしたことないじゃん。ファンみたいなもんでさ」


そんなこと言わないで。

私の気持ち、見くびらないで。



「……じゃあ大好きよりもっと上のこの気持ち……どうやったら伝わるの?」



大賀君が狼狽えるのも無理はない。ボロボロと涙がこぼれているから。



もうこれのどこが、“普通の女子校生”なんだろう。全然違う。


こんなとこ、大賀君に見られたくないのに。



「葉由……?」


「私が大賀君を好きになったのは……たすけてくれたからだよ」


涙を堪えて、震える声を吐き出した。


「私ね、中一の時に……交通事故で大事な人を亡くしたの」


「……えっと……。もしかしてさっきの、“蓮”ってひと?」


「そう、蓮……。その事故が起きてから……中学三年間、」


じくじくとするあの頃の記憶が、言葉を詰まらせる。

蓮がいなくなった世界での、私は……。


「……三年間、不登校だったの。中3の夏にふらっと入ったCandy Rainで出会ったカムの演奏が……。必死に歌う大賀君が……もう一度私を引っ張りあげてくれた。大賀君の姿と歌声と、全部が……私の支えだった」


大賀君のおかげで、苦しい世界が少しずつ現実世界に近づいて。


世界は色を取り戻し、体に空気が巡って。


空が……あんなにきれいに見えた。


だからこの言い方は、全然大袈裟なものじゃない。


「大賀君がいたから……生きられた」


涙まじりの語尾は小さく震えてしまった。



告白にしたってあまりに重すぎる。


恐る恐る見上げる大賀君の表情は、引いているとか同情するとか、そういうんじゃなかった。


……やっぱり、つられやすい人なのかな。


泣きそうだよ、大賀君まで……。


「え……やば。俺、泣いていい?」


冗談みたい言ってごまかそうとしているけど、もう涙がうかんじゃっているよ。


だけど、大賀君は本当に、そのまま泣いてしまった。


今度狼狽えるのは私の番で、おろおろしながら、彼の肩を撫でる。


「……かっこわるいね」


俯く彼から聞こえる震え声。そんなことないって、首を横に振る。


だけど……どうして泣くの?


なにがあったの?何がそんなに苦しくて、悲しいの?


俯いて泣く彼は。


「……俺には、もう音楽しかないから。誰かの支えになれたなら……すごく嬉しい」


そう言い切って、私を抱きしめた。



付き合って3週目。


「で、内海にめちゃくちゃ怒られた」


「あはは……それであんなに内海くん怒ってたんだ」


大賀君と教室で、たわいもない話をしている。



二人で泣いたあの日から、土日を挟んで今日が来た。


大賀君は、びっくりするくらい、いつも通りだ。全然気まずくない。


大賀君のコミュ力の高さが簡単にそうさせるんだろう。


「葉由」


名前を呼ばれてハッとした。


「はい!」


「あはっ、いい返事。一限移動教室だよ。栞ちゃんが呼んでる」


「あ、ごめん!」


音楽の教科書を引っ張り出して、栞ちゃんのところまでかけていく私を、大賀君はくすくすと笑いながら手を振った。


一限は選択授業だ。


音楽、美術、書道のどれかを選んで、一年間その教科を勉強する。



選択授業で音楽をとった私と栞ちゃんは、音楽室の窓から土砂降りの雨をみていた。


「意外と大賀君って、選択美術なんだよね」

「うん、意外だよね。音楽取りそうなのに」

「わっかる!あたしも大賀狙いだったのに!」


ひょこっと栞ちゃんのところに顔を出したのは、クラスメイトの西田さんだ。

いつでもばっちりメイクをしていて、これでもし髪が黒くなかったら360°どこから見てもギャル。

肩下まで伸ばしたストレートヘア。指で毛先をクルクルと弄んでいる。



「おいおい。彼氏持ちが何言ってんの」

栞ちゃんが西田さんをツッコんだ。


「ええー」っといたずらっぽく西田さんが笑う。


私は西田さんと話したことがないけど、栞ちゃんは仲が良いみたい。


「てかさ、楠本さんって」


西田さんは大きな目を開いて、トーンの高い声で私を指さした。



びくっとしたことを気づかれないように、「なに?」と、緊張気味に笑みを浮かべる。


「大賀のことすきだったの?」


「……あ、うん」


「そりゃそうかぁ。だったらなんで今までクラスの女子で騒いでる輪に入んなかったかなぁ~」


「うちら完全に油断してたから!」っと文句っぽく笑う西田さんに、敵意は見当たらない。


……もしかして西田さんって、見た目よりずっと喋りやすい人なのかも。


「ねぇ。せっかく名前可愛いし、葉由って呼んでい?」


人懐こい笑顔で西田さんは、ちょっと眩しいくらいきらきらした目で私に訊く。


ひるんだ。けどその分、強く頷いた。



「葉由ってどこ中から来たの?内部生じゃないもんね」


内部生っていうのは、内部進学生。
大賀君みたいに、中学から星津学園に通っていてエスカレーター式で高校に上がった人のことを言う。


勿論、私は違う。外部から来た外部生だ。


「……えっと、道森中」

「みちもり?どこそれ?」


きょとんとした顔で西田さんは栞ちゃんにたずねる。


「葉由んち遠いんだよ。電車で二時間かけて来てんの」


二本指を立てた栞ちゃん。それに目を見開いて、Vサインを突きつける、西田さん。

「まっじ、二時間!ってことは毎日四時間電車乗ってんの!?」


「うん」


「出会った中で最長かも!1時間半の子はたまぁにいるけどさぁー」


西田さんのオーバーリアクションに、できるだけ自然に笑顔を貼りつける。


「なんでこんなとこまで来たの?」


「ええっと……なんでだろ」


言葉を濁してしまった。


……本当はここしか行く場所はなかったと言えるほど、明確な理由があるのに。


「あ、やば。先生来た!」


西田さんの声に、慌てて席に着く。
席順に決まりはないから、西田さん、栞ちゃん、私と並んで座った。



「葉由、西田っちと喋れたね……!」


自分のことみたいに喜んでくれる栞ちゃんに、笑顔で頷く。


いや、よく考えたら、あんまり喋れてはいないけど。


だけど、嬉しい。「葉由」って呼んでくれる人が増えたのは事実だ。


音楽の授業を終えて、西田さんと栞ちゃんと三人で教室に戻る。


見た目通り西田さんは、コミュニケーション能力が高い。ズバ抜けて。


テンポの合わないだろう私と、ここまで合わせて喋れるなんて。



そう思いながら会話するうちに、自然なやりとりに近づいていた。



「じゃあ西田さんは、内部生なんだ」


「うん!カムとも仲いいよ」


「ていうより西田っちって、内海くんと付き合ってるじゃん」


「あー、そうね。うっかり付き合ってるよね」


内海君?それって……。


「西田さんって、”マリちゃん”?」


「うん、西田万理(にしだまり)だよ?」


「あ……そうなんだ」


「なんで?」


思わず目が泳ぐ。


だって、西田さんが浮気したって内海くんが話してたの聞いちゃったから。


それに、大賀君狙いってさっき言ってたような気もする。いや、言っていた。絶対。


「あぁ、大賀はね?アイドル的に好き。内海はいいんだけどさぁ……。重い」


文句っぽく溜息をつく西田さんは、かなり手厳しい。


「でも内海くんと西田さん、雰囲気が一緒っていうか、お似合いに見えるよ」


「確かにねぇ、性格は合うけど……」


西田さんの口から不満がポロポロ零れているとき。


「いたっ!」と西田さんが短く叫んで、後ろ頭を押さえている。


西田さんの後ろにはチョップを構えた、内海くん。毛先がピンクの金髪は、やっぱり彼によく似合う。


よく見たら西田さんと内海君って、おそろいのピアスをしているんだ。
なんだ、ラブラブだ。


「マリちゃんひどくない?」


「うわ、内海」


「うわじゃないっしょ!彼氏だよ!?しかも付き合ってそろそろ1年!」


ウンザリしたように、西田さんはわざとらしく溜息をついた。


「ん、まぁいいや!マリちゃん今日放課後、練習見に来ない?めっちゃいい曲仕上がったから」


「え!新曲?!いく!!」


さっきまでの表情とは正反対に、目を輝かせる西田さん。


満足げな顔をした内海くんが、ふと、こちらに目を止めた。


「……あれ?葉由ちゃんじゃん!」


「うん」


「葉由ちゃんも来なよ。大賀喜ぶよ!あときみもよかったら」


「わたしは部活あるからなぁー。いつかライブで聴くの楽しみにしてる!」


内海君にとびきり愛嬌のある笑顔で栞ちゃんが答えた。


栞ちゃんはやっぱりすごい。そんなにたやすく人と関われるんだから。


「じゃあ葉由、あたしと二人で行こっか」


今日初めて喋った西田さんと二人で……?


不安がよぎった。だけど、私は栞ちゃんみたいになりたい。


だから、西田さんの誘いに、勇気を出して頷いた。



そういう流れで今、第二音楽室の前にいる。


「ここを四人で使ってるんだよ。贅沢だよね」


ドアの小窓から覗く限り、広い教室にアンプやピアノ、ドラムセットなんかが置かれていて。


部屋の片隅には、譜面台が乱雑に立ち並び、椅子が重ねられている。


「てか、みんな遅くない?人のこと呼んどいて、内海めぇ」


内海君の名前だけ、そんなにドスの効いた声で言うんだ。


「ふふっ、西田さんおもしろい」


吹き出した私に西田さんが指をさした。


「……笑った!」


彼女はツチノコでもを見つけたかのように、目を見開いている。


「笑うよ……?」


「ううん、ちゃんと笑ってるのは今初めて見た!」


そう言い切られてしまうんだから、私の作り笑顔って言うのは、相当下手なんだろう。


「葉由可愛いね。もっと笑ったらいいんだよ」


今まで、ちょっときつい子って思ってたのにな。


こんなふうに、笑ってくれるなんて……。


「このふわふわウェーブの髪いいなぁ。ってかさ、大賀ってポニーテール好きだよ?」

にやり、その何か企んでいる顔は、なんだろう?


「してあげるっ」


語尾が高ぶった、楽しそうな声。


「え……?え?」


戸惑う私なんかお構いなし。もう髪の毛を一つにまとめられている。


西田さんが手首にひっかけていたゴムで髪を結んで、出来上がり。


「葉由かわいいじゃん!ちょっと元気っ子っぽく見える」


いつも、暗いかな。やっぱ……。


「ありがとう」


髪はいつも下ろしているから、首元に風が通る違和感が、なんだか恥ずかしい。