1.

「もう夏休みかぁ」

高校二年の一学期最終日
つまり、夏休みの前日
終業式も終え、靴箱でローファーに履き替えながら私はそう呟いた。

「何?嫌なの?」

そんな呟きに、同じように隣にいた友人、倉木夕絵がそう返してくる。

「嫌っていうか…」
「紬には、『彼氏に会えないから』なんて理由無いもんね」
「普通に長いから嫌なの!」
「彼氏のいる夏休みがどれだけ幸せか分かんないのかあ?」
「何それ」
「あっち行ったりこっち行ったりしたいじゃない。私は渉と過ごせる夏休み楽しみだよ」

そんな話をしながら、何も入って無いに等しいお揃いのリュックサックを背負って、2人で玄関を出た。
暑い陽射しは朝と変わらず容赦なく照りつけている。

…やっぱり彼氏ってそういうものなのかな。
そういうものなんだろうけど、私にはあんまりよく、分からない。

「紬」

男子って感じの、けどまだ危うさのある声で名前を呼ばれた。それは直ぐに誰か分かる。
前にも確か『よく声で分かるね。別に特徴も無いのに』って夕絵に言われた気がする。

けど、毎日聞いてる。誰より聞いてる声だから、分かってしまう。

「今日は6時頃に終わると思うよ」
「ん、分かった。頑張れ!」
「ありがと。帰り気を付けてね。倉木も」

振り返った私にそう言うと。
優太は、私の髪をわしゃわしゃ〜ってして部活に戻って行った。

「夫婦かよ」
「結婚してません」
「一緒に住んでるとかもう夫婦でいいわ」

少し乱れた髪の毛を元に戻しながら、夕絵の少し後ろを歩く。

『可哀想に…。まだ9歳なのにね』
『身寄りが無いんでしょ?どこに引き取られるのかしら』
両親を亡くしたばかりの小さな幼馴染みにヒソヒソ注がれる耳障りな声。
それから、虚ろな目で両親の遺影を、泣かずに見つめる___

「紬!バス!」
「っ!」

夕絵に肩を叩かれて我に返る。

…たまにふと、あの頃の優太が見える。
私より小さい優太が、とても逞しく大きく見えた瞬間が、見える。