完全に姿が見えなくなる前に伝えたアーシェリアスの声にティーノが片手を上げて答えたところで、ザックが振り返る。

アーシェリアスを映す瞳には、呆れが滲んでいた。


「ありがとうじゃないだろ」

「ザ、ザックこそ、なんであんな嘘ついたの」


誤解されてザックは困らないのか。

何より、ティーノはザックが王子だと気付いていないが、いつか何かのきっかけでバレたとしたら。


「王子様だし、万が一変な噂が立ったらよくないでしょう?」


人の口に戸は立てられない。

人生何がどう転ぶのかはわからないのだ。

しかし、庇ってもらえたことは素直に嬉しく、気付きかけた想いも相まって、いい答えが返ってきたらと少しだけ期待してしまう。

ザックは、心配し、自分を見上げるアーシェリアスの優しさに、秘めた想いを告げてしまいたい衝動に駆られた。

だが、そこはぐっと堪えてアーシェリアスのおでこに軽くデコピンをくらわす。


「俺は、噂されようが構わない。……理由は自分で考えろ」


ぶっきらぼうに言い放ち背を向けたザック。

その耳が少し赤い気がしたのは都合のいい勘違いだろうかと、アーシェリアスはわずかにひりつく額に手を当てながらくすぐったい気持ちになる。


(そんなこと言われたら……本当に期待しちゃうじゃない)


キャンドルの炎が揺らめく中、一歩踏み出したザックが「また絡まれる前に部屋に戻るぞ」と誘う。

どことなく照れた様子のザックにアーシェリアスもまたはにかみながら歩き出すと、ぎこちないふたりを応援するように、夜空で星がひとつ流れた。