破滅エンドまっしぐらの悪役令嬢に転生したので、おいしいご飯を作って暮らします


(待って、ザックの声に似てる!)


部屋には鍵がかかっているはずだ。

ザックが部屋にいるわけがないと半信半疑で声のした方へと視線をやると……


「いつまでもそんな恰好してないで、さっさと支度しろよ」


母親みたいなことを口にしながら、ザックがベッドのすぐ横に立っていた。

なぜザックが部屋に入っているのか。

いや、問題はそこではない。

ザックの手には、ふとんがある。

それはつまり、寝ているアーシェリアスから剥ぎ取ったということに他ならないのではないか。


「ふ、布団、取った?」


万が一、落ちた布団を拾ってくれたという可能性もある為一応確認してみたのだが、ザックは当然のように「取った」と答えた。

確定した瞬間、アーシェリアスは顔を真っ赤にする。

そんなアーシェリアスの様子を見たザック、茹でエビの次は茹でタコかと心の中でボケて「ぷっ」と自分でウケた。


「ちょっと、何がおかしいの!?」


ザックの手から布団をひったくり、口調に怒りを滲ませたアーシェリアス。

シーゾーは雲行きが怪しくなってきたことを読み取り、そっとふたりから距離をとった。

空気を読めるシーゾーとは反対に、読めないばかりかデリカシーのないザックは正直に話す。


「いや、さっきの寝てる姿がエビみたいで、今はタコみたいだから」

「それがレディに向かっていう言葉!? もうっ、出てってー!」


アーシェリアスは怒りに任せ、奪ったはずの布団をまたザックへと投げつけた。
無遠慮なことをしてしまったザックだが、ここまではっきりと意思表示されればアーシェリアスが怒っていることくらいはしっかり伝わっている。

そして、そのスイッチがエビとタコの話だったことも。


(……いや、その前からなんか変だったか)


とりあえず起こせと言われたミッションはクリアしたのでそこは良しとし、けれどここまで怒りを露わにしたアーシェリアスを見たのは初めてでザックは戸惑う。

謝るべきだろうが、どこからが悪かったのか。

布団を剥いだことからか、それとも起こしたことから間違っていたのか。


(考えても仕方ないな)


とにかく謝るべきだという結論に至った時、ふと兄がいつか口にしていた言葉が頭をよぎる。


『これかい? これは僕の小道具さ。いいかいザック。女性は美しい花を贈れば笑顔を見せてくれるんだよ』


女性関係には少々だらしのない兄だが、尊敬すべきところも多い兄。

アーシェリアスが花を好きかどうかは知らないが、ノアもお礼をするのだとプレゼントを探しに出た。


(ただ謝るより、気持ちが伝わるだろうか)


そんなものはいらないと言われるかもしれない。

けれど、それでもアーシェリアスにはしっかりと謝罪をしたいとザックは強く思う。

ザックはドア越しにアーシェリアスに声をかける。


「アーシェ、俺は少し出てくる。ノアも出てるが探し物があるらしい。心配するな」


部屋の中から声は返ってこない。

けれど、聞いているだろうと予想し、ザックは「いってくる」と告げ扉の前から立ち去った。








ザックが部屋を出て行ってから一時間後。


「ほんっとにザックってばデリカシーがないんだから」


着替えて支度を済ませたアーシェリアスは、シーゾーに見守られながらホロ馬車で調理していた。

シーゾーが海苔をくれたので、おにぎりを作ることにしたのだ。

しかし、おにぎりだけでは味気ない。

ノアという仲間が増えたことと行き先が洞窟ということで、せっかくだからしっかり栄養を取って元気になれるお弁当を作ろうと考え、昨夜の酒場で再び材料を仕入れてきた。

そして現在、甘い卵焼きを焼いている。

ファーレンにはお弁当という言葉はない。

ピクニックでは「ランチ」を食べようと言って、籠を開けるとサンドイッチやスコーン、マフィンに果物などが入っている。

ザックもノアも、アーシェリアスが少し変わった料理を作るのは承知しているが、日本のお弁当というものはまだ披露したことはなかった。


(もう春だし、花を意識したお弁当にしてみようかな)
お弁当の蓋を開けた時に、ザックやノアが喜んでくれるよう彩り良く華やかにしたい。

そんなお弁当の定番といえば卵焼きとからあげだ。

アーシェリアスは焼いた卵焼きをフライパンから取り出すと、火傷しないように気をつけてカットする。

それをさらに斜めに切り、片方をひっくり返してくっつけるとハート型の卵焼きの完成だ。

購入しておいたハムやチーズも持参している型抜きを使って花の形にくり抜いていく。

次に、醤油、みりん、おろしにんにくを混ぜて作ったタレをビニールに入れ、そこに揉んで漬け込んでおいた鶏モモ肉を片栗粉にまぶすと、卵焼きを焼く前に火をつけていた鍋に注いでおいた中温に熱した油の中に泳がせた。

ジュワッと泡が上がり、油が躍る。

しばらくするとお肉が浮いてきたところで一度全て取り出し、少しだけ冷まし置いてから二度揚げをする。

これは余分な水分を飛ばし表面をサクサクにする為で、前世、小料理屋を営む母に伝授してもらった揚げ方だ。


(うん、美味しそうな色になってきた)


きつね色になったのを確認すると、一気に強火にして高温で仕上げる。

やがて油がチリチリという音に変化してきたところでアーシェリアスは菜箸でひとつ唐揚げを持ち上げた。

すると、箸を通じてジジジと細かな振動が手に伝わってくる。

これが中まで火が通ったことを知らせるサインだというのも、莉亜の母から教わったものだ。


(冷ましているうちに、次はポテトサラダを作ろう)


すでにジャガイモは茹でて荒く潰しており、塩、コショウとお酢を混ぜ合わせて粗熱を取ってある。

そこに、小口切りにし塩水にさらしたきゅうりの水気を絞り、薄切りし塩を振ってしんなりとした玉ねぎをさっと洗ってこちらも水気を絞った。

さらに、先ほど型をとったハムの切れ端を刻んでこれらを全て混ぜ、マヨネーズで味付けをしたらポテトサラダの完成だ。


(さぁ、次はおにぎりね!)


調理している間に炊き上がった白米をほぐし、ボールに入れた水で手を少し湿らせてから、ひとつまみの塩でご飯を優しく握っていく。


「あっつ……」


ご飯の熱が手に伝わり、声を零すとシーゾーが「モフ?」と心配そうに傍らに寄って来る。


「大丈夫よ。ありがと、シーゾー」


形を三角形に整えて、パリッとした海苔を巻いたところで「ここにいたのか」と声がかかり、振り向くとザックがホロ馬車の外に立っていた。


「何を作ってるんだ?」

「……お弁当よ」


アーシェリアスの声がそっけないことに気付き、ザックはやはりまだ機嫌が直っていないことを悟る。

そして、後ろ手に隠していたものをずいっとアーシェリアスへと差し出した。


「これ、もらってくれ」

「えっ……!?」


いきなり現れたピンクと白の花束に、アーシェリアスは目を白黒させる。

しかし、バラに似たその可愛らしい花がプリムラだということに気付いた瞬間、目を輝かせた。


「ありがとうザック! これでお弁当がさらに華やかになるわ!」

「……は?」

「これは食用の花でね、飾りつけには最適なのよ」

「食用……」


野菜のように食べられるエディブルフラワーのプリムラ。

そうとは知らずに花売りに勧められて購入したのだが、思い返してみれば『どんな方に贈るんですか』と訊ねられ『料理が好きな女性だ』とザックは答えた。

もしかしたら花売りも役立つと考えて選んだのかもしれない。


(……というか、デリカシーがないのはどっちだ)


お詫びのプレゼントのつもりで渡したのに、まさか料理の小道具にされるとは。

しかし、楽し気に箱に料理を詰めて飾り付けて行くアーシェリアスの顔を見て、ザックは満足気に目尻を下げて微笑んだ。


「でも、プリムラってファーレンではあまり見ないわよね?」

「これは北のネレーゲン公国のような寒冷地に多く咲く花だからな。ネレーゲンは他にもファーレンにない草花が結構あるんだ」

「そうなのね! ザックはネレーゲンには行ったことがあるの?」


詳しかった為、もしかしたら実際に目で見てきたのではと思い聞いてみるとザックはひとつ首を縦に振った。


「ああ、式典とかで何度か」

「式典?」


式典とは一体どんなものか。

アーシェリアスが知るネレーゲン公国の式典であるならば、パレードか何かに参加しに行ったのだろうかとアーシェリアスが首を捻った瞬間、ザックは固まった。


「ザック?」


名を呼ばれ、ザックの目が泳ぎ始める。


「どうしたの?」

「あー……いや、それより大変そうだな。俺も手伝うぞ」

「え? でも、ザックって料理できるの?」

「……できないが、できることを手伝う」


はぐらかされたのをなんとなく察しながらも、アーシェリアスは特に追及することはやめてザックに合わせた。

「じゃあ、まだおにぎりが全部できてないからお願いしようかな」


まだひとつしか握れていないおにぎりを指差して示すと、ザックは興味深そうに見ながらコクンと頷く。


「わかった。教えてくれ」

「じゃあ、まずは……」


……と、アーシェリアスが一緒にやってみせながら教えたのだが。


「……なぜ崩れるんだ」


握るたびにザックの手からボロボロとご飯が零れ落ちて行く。

逃げるように手から落ちようとする白米を必死に集めてまた握るのだが、次第に形が崩れてしまうのだ。

慣れた手つきでおにぎりを握りながら、アーシェリアスはクスクスと笑う。


「力を入れすぎなんだよ」


こうだよ、と優しくしかし絶妙な力加減で形を三角形にしていくアーシェリアス。


「料理って難しいな……」


ザックが眉を寄せると、またアーシェリアスは笑った。

そして、こうしてザックと一緒に過ごす時間が楽しくもあり心地良いと感じている自分に気付く。


(なんていうのかなこういうの……)


家族というにはまた違う感覚で、あてはまる関係性は何かと考えた時、ひとつ思い当たった。


(そうだ。同棲してるカップルみたいなやつ! ……って、いや、ザックはそういうのじゃないから!)


心の中で突っ込んで、けれど笑って否定できない自分がいることにも気が付いてアーシェリアスは頬を染めてしまう。

幸い、ザックはおにぎりと格闘していてアーシェリアスを見てはいない。

シーゾーもザックの応援に必死だ。

ホッと胸を撫で下ろし、あまり深く考えるのはやめようと密かに深呼吸して、アーシェリアスは四つ目のおにぎりを完成させた。


……そんなふたりの様子を、少し離れた場所からノアは見ていた。

アーシェリアスの頬に朱色が差し、ザックを横目でチラッと確認していたのもしっかりと。


(アーシェはもしかしてザックのことを……?)


新参者の自分は、アーシェリアスとザックがどんな風に出会ってどういう経緯で旅に出たのかは知らない。

知っているのは、旅に出る前の自己紹介で、アーシェリアスが実は令嬢であり、家族を説得して幻の料理を求め旅に出たということ。

それから、旅をしていたザックはアーシェリアスを危険から守る為に共にいるのだということのみ。