「…でも行かない」


それだけははっきりしていた。


「なんで?」


「中途半端はやめたの」


「中途半端だったっけ?」


瑞樹は首を傾げたけれど、あたしは瑞樹よりは自分の事を理解しているつもりだ。


「あたしね、マークに一度も嫌いって言えたことなかったのよ」


それはあの人をどこかで可哀想だと思ってきたから。


分かっていたのよ、これが、あたしの中にあるこの気持ちは。



ただの哀れみだって。



「ずっと可哀想な人だった。向けられる優しさはいつだってお金の為で、そこにマークとしての価値は無くて。あの人はいつだって、自分の価値を探してた」


そんな時に出会ったから、きっと。


あたしはいつまでもそうは思えないけれど、みんな“マークはあたしに固執している”って言うのね。


「マークが…?」


「本当に弱い人よ。弱くて優しくて脆い人」


現にあの人は子供を殺せない。


あの人の弱さの象徴だ。


「…そんなの、知らねえよ」


小さく呟いた本音は、彼もそこまでマークのことを好きではなかったのだ、とあたしに感じさせずにはいられなかった。


「知る人なんてあまりいないでしょうね。マークも知られたくはないだろうし」


「じゃ、言っちゃいけなかったんじゃない?」


「…そうね。でも大丈夫、マークのことは忘れるから」


「…和佳菜?」


「もう寝るわ。ちょっと疲れちゃったみたい。ああ、明日マークが来たら呼んでね。起きないかもしれないけれども、そこは無理やりして頂戴。…勝手に連れ去ることはないように」


「分かってるよ」


納得をしていない顔で瑞樹がそう言った。


だけど聞いてこないあたり、聡いなと思いながら、階段をのぼる。


にこにこ笑った顔を素のあたしに戻すと、表情は消えた。


ふうっと、息をついたら、全てが消えてくれたらいいのに。


蝋燭の火のように、ね。