5畳半の畳部屋の壁際には大きな仏壇が佇んでいた。仏花の水換えをし、仏壇の前で線香を上げ合掌しているのは春美である。

「ごめんね...。」

目を瞑りながらふっと微笑みかける。仏壇に遺影は飾られておらず、遺骨だけが供えてあった。

「ミャー。」

正座をした春美の腿の上にアキオがのしっと登ってきた。春美はどうしたのー、と笑いかける。アキオは春美の上で丸まり、喉を鳴らす。

「アキオ.........アキオ........。」

春美はアキオを撫でながら虚ろな面持ちでボソボソと呟いた。部屋には重苦しい雰囲気が漂っている。すると突然、玄関の方から扉の開く音がした。

「ただいまー。春美さん、居るー?」

響人の声だ。春美はアキオを下ろし、駆け足気味に玄関へ向かった。

「遅かったね。どこか寄ってたの?」

時刻は18時過ぎだ。普段の帰宅時間より2時間も遅い。

「うん、ちょっと。妹さんにお線香あげたの?」

春美が数分前にあげた線香の香りはたった数本あげただけでも狭いアパート中に広がっていた。線香の鼻をつく匂いが、響人は好きだった。

「あげたよ。それより、今日は私早く帰って来れたから晩ご飯張り切っちゃおうかな!」

「へえ、それは楽しみ。風呂行ってくるよ。」

脱衣所へと向かう響人を見送りながら春美はエプロンを着け始めた。

響人も昔に比べ幾分心を開いた気がするが、やはり引き取ってから今もなお心の壁のような何かを春美は感じていた。しかしいくら考え込んだところで、年頃の男子だし仕方ないか、と割り切ることしかできなかった。自分は響人の保護者としてしっかりやれているだろうか。万一、響人に何かあったら....。
春美は心臓がきゅっとなるのを感じた。

「.....アキオ。」

再びボソッと呟く。
ソファーの上で伸びているアキオの耳がピクッと動いた。