「全く、酷いなぁ響人くんは。」

「酷いのはアンタですよ。」

日は西に傾き、川沿いの歩道を歩く二人を赤く照らした。響人に非難された薫は、だって、でも、とぶつくさ呟いている。それからしばらくお互い無言で歩いていたが、ふと思い出したように薫が口を開いた。

「あ!そういえばこの前、君と”シュミ”が似た女の子と遊んだんだけど。」

「...?」

ここでいう“シュミ”は普段、響人が命や死に対して唐突且つ猛烈に興奮してしまう性癖のことを指す。響人は昔薫に”絵を描くときインスピレーションを受けるもの”を問われたとき、その”シュミ”について薫にだけ唯一話していた。

「その子は手首だけじゃ飽き足らず、太ももとか首筋にも傷が付いていた。その虚ろな瞳はとっても綺麗で、僕の興奮を最高潮に駆り立てたよ。」

響人は黙って薫の話を聞いていた。

「近いうちに自分は死ぬんだ、死んでみたいんだって言ってた。そして死んだら私の死んだ姿を絵を描いてくれってね。変わってるでしょ。」

「俺のとは少し違う。」

少し不服そうに響人がぼやくとそんなに変わらないよ、と薫はせせら笑った。

それから無言を徹して歩く響人に、薫は一方的に話し掛けた。

「あぁ、あの彼女、本当に美人でカラダの相性も最高だったんだ。もう死んじゃってるかなぁ。死んじゃっててもまたやりたいなぁ。ねえ響人くん、死姦ってどう思う?」


「..........。」


「あーあ、なんで女性ってあんなにか弱くて美しいんだろう。羨ましい。特に瞳なんか最高だ。なんで男に生まれてしまったんだろうなぁ。女の子に生まれ変わりたい。あ、不細工の話はしてないよ、あれは人間じゃないからね。見れば目が腐る。あんなのが美人よりウヨウヨいるなんて、神様は本当に僕に酷いことをするよね。」


「..........。」


すると不意に薫のスマートフォンがデフォルトの音楽を奏でた。

「あ、電話。この前のブスからだ。全く、豚風情が僕に電話なんて本当に反吐が出る。」

薫は直前のドスの効いた低い声とは打って変わって、もしもしー?と明朗快活に電話に出た。

「え、そういう話だったじゃん。とにかくもう友達向かっちゃってるからさー、相手してあげて。大丈夫、みんな優しいよ。それじゃねー。」

「まだあの”商売”してるんですか。」

響人は立ち止まって振り返る。

「そりゃそうでしょ。ブスはちょっとでも利用してあげなきゃ、逆にかわいそう。」

スマートフォンを操作しながら薫は答えた。この”商売”とは薫が高校生の頃から行なっているものである。薫の容姿に魅了された女性の中で、薫が”ブス”と判断した女性を対象に行われる売春であり、薫は引き合わせ役として客から前金を貰い、客の要望に合わせた女性を呼び出す。そして客を”友達”と騙って女性と引き合わせるのである。引き合わせたあとは何をしても構わないという条件のもと、薫はこの売春で高校生のときに小遣いを得ていた。

「前々から思ってたんですけど、それってカモの女とはどうやって関係保ってるんです。」

「”騙してごめんね、でも僕お金がないんだ。僕のためにカラダを売って欲しい。”って言えば簡単に堕ちる。」

言っても今はそんなお金に困ってないけどね〜、と薫は淡白にこたえ、口笛を吹きながら携帯をしまう。

響人の”シュミ”と薫の”商売”。数年前に知り合ってから二人は秘密を共有し互いに脅迫し合っていたが、やはり割りに合わないなと響人は思った。

横断歩道で信号待ちしていると、突然対岸の歩道から大きな声が掛かった。

「響人ーっ!!」

「あ...。」

手を大きく振り、ぴょんぴょんとその場で跳ねて笑顔を向ける智世がそこにいた。毎日楽器を持ち帰るようで、大荷物を背負っている。薫が響人の肩から顔を出し、耳元で囁いた。

「誰?あの子。かわいいね。遊んでみたいな。」

「.............。」

智世は顔立ちが整ったほうだ。活発で明るく人気者で、学年でも知らないものはいない。そんな智世は薫にとって好みの女だろう、と常々思っていた。

響人は特に驚くことも嫌悪することもなく、ボソッと呟いた。

「どうぞ。俺は別に止めるつもりないんで。」

「ええ〜?いいのぉ?ホントに食べちゃうよ。」

ホントは好きなんでしょ〜、と小突いてくる薫を響人は迷惑そうに睨みつけた。
実際智世に対してなんの感情も持っていなかった響人にとって、薫が彼女に手を出そうが出さまいがどうでもよかった。どうせ彼女が自分の”シュミ”を理解してくれる人間というわけでもなかろうし、と諦めの情もあった。

やがて歩道の信号が青に変わり、智世は響人たちが渡り出した瞬間に走ってこちらに向かって来た。

「お兄さん、初めまして!あたし、安斎智世って言います。お兄さんは?」

3人は響人を真ん中に挟むようにして並んで歩き、智世はひょこっと横から顔を出して薫に話しかけた。

「やあ、智世ちゃん。僕は羽田薫。君の話は響人くんからよく聞いてるよ。可愛くてお淑やかで素敵な女性だってね。」

「ふぇっ!?」
「!?」

間抜けな声を上げる智世に、薫はウインクしてみせた。響人はなんのことかと驚き、薫へ目線を送ったが、薫は薄ら笑いを浮かべて微笑んでいる。そして隣では智世がわかりやすく赤面してうなだれていた。

「ほ、ほんとなの?響人...。」

「.....大袈裟だよ。」

隣で薫が携帯を操作していることに嫌な予感を感じた響人は携帯を取り出し、”メッセージ”をタップして薫とのトーク画面を開いた。すると案の定、トークが更新されている。

“智世ちゃんマジでかわいい♡てか処女だよね??僕ほんとに犯したいんだけどいいかな!?\(//∇//)\”

響人は顔色ひとつ変えずに画面を操作して返信した。

“未成年ですけど捕まってもいいならどうぞ。”

あっちゃー、と隣で薫が頭を抱える素振りをみせる。しかし本当に素振りだけであることを響人は知っている。実際、自分が未成年の時には年上の成人女性と関係をもっていたのだ。法で縛られるほどの”女癖の悪さ”なら薫の性根はここまで腐りきってはいない。

やるときはやる。本能には抗えない。薫はそんな男だった。そしてそれは薫と自分が唯一似ているところだと響人は思っていた。あの時の自分のように.....。


それから3人は薫と響人の出会いの話をしたり、学校生活の話をしたりして、気まずそうだった智世の表情も良くなっていった。しばらく3人で歩いてから、唐突に智世は切り出した。

「あ、じゃあ、あたしこっちなんで...。」

「ん、そうだっけ。」

智世は響人にぎこちない笑顔を向ける。

「うん、今日は寄るとこあるから。ごめん。」

すかさず何かを察した薫が満面の笑顔で智世を送り出す。

「そっか、智世ちゃんバイバーイ!」

「はい、さよならー!」

そそくさとその場を去る智世の様子を見て、薫はにんまりと、したり顔になった。

「意識してるねーあれは。かわいいかわいい。」

「ほんっとアンタ悪趣味ですね。」

響人は悪態をついた。





「もう、みんなが変なこと言うから...。」

智世は両手を頰に当ててう〜、と呻く。そしてしばらく歩きながら悶々とした。

「....やっぱりあたし...」

ふと歩みを止め、智世は夕日で赤く染まった空を見上げながらため息混じりに呟いた。

「好きなのかな、響人のこと......。」

刹那、智世の携帯がポップなメロディーを奏でた。画面を確認すると、母からの電話のようである。もしもし、と電話に出ると智世は相槌を打つこともなく、電話を構えたまましばらくその場に佇んでいた。