病院のテラスでは雨に打たれながら智世がうなだれていた。外はほとんど暗くなっている。雷雲は遠のいたが、智世の心は嵐のように荒れ狂っていた。
“遊馬響人って極悪人じゃん。超ゲスいって噂の。”
“人に非るで非人なんでしょ?”
あの日教室で噂していた彼女たちの声がどこからか聞こえてきた。
おそらくあの時の彼の信じがたいエピソードも本当なんだろう。
なんで好きになったんだっけ...。智世は響人との思い出を振り返る。思えばあの日の微笑みも、あの日の言葉も、全て偽りだったのかもしれない。
あたしが好きになったあの表情は、響人のつけていた仮面に過ぎなかったんだ。
智世は激しい自己嫌悪にかられていた。嵐の後の生ぬるい空気の中で、濡れた体を震わせながら、ベンチに座ってただ呆然と遠くを見ていた。
「ちーせちゃん!」
背後から声がした。しかし、振り向く気力が起きない。
「こんなところで何してるのー?風邪ひいちゃうよ。」
なんとなく聞き覚えのある声だ。
「ねえ。」
目の前に広がる景色を遮り、視界に移ったのは髪を濡らした薫の姿だ。ところどころ服も濡れている。
しばらく見つめ合う。智世は何も言わずに、その虚ろな目で薫を見上げた。
「ああ...やっぱりすっごく綺麗だ...。」
薫は智世の頰に手を伸ばした。智世もそれを拒まなかった。
「僕はね、絶望する瞳が1番好きなんだよ。」
薫は安らかに微笑む。彼の後ろの空は真っ黒に曇っていた。
「ねえ、今から僕が君を死ぬほど愛してあげるよ。」
おいで、と手を引かれるまま、智世は何も言わずに薫について行った。