何かの本で読んだことがある。”女が相談をするときは、解決策ではなく同情が欲しいのだ”と。
『響人...あたしもう無理だよ...。』
泣きながら事の顛末を話す智世に相槌を打ちながら、響人はそんなことを考えていた。話を聞く限りよほど大層なことがあったようなので、こじれるのを避けるために例の噂について話すのは一旦控えた。電話越しの様子から察するに、母親からの罵倒の影響で智世はかなり自暴自棄になっている。すすり泣く智世に面倒だな、と思いつつ何度も舌打ちしそうになるのを堪えた。帰路を進みながら会話していたが、1時間ほど話を聞いているとあっという間に家に着いてしまった。そしてもう1時間、話をしてようやく智世は泣き止んだ。
『ありがとう、響人…ごめんね、長いこと………。』
「気にするなよ。」
そう言ってから唇をキュッと結んだ。
大袈裟だ。死んだわけでもなかろうに。
響人は心の中で悪態をついた。これだから浅はかな人間は、と。
日頃から命について熟考している彼にとって、”死”は身近な存在であった。たとえ知り合いが結婚しても、逝去しても、彼の心の動きにさほど違いはなかった。人の世は移りゆく。毎日命が生まれ、死んでゆくのだ。その事実を虚構のように捉えている人間がいざ自分の番になって恐怖する。本当に醜い。
一瞬で心の中に黒い靄が覆ったように感じた。ぞわぞわするこの感じ、覚えがある...。
『響人。』
沈黙に耐えきれなくなったのか、智世が別れの挨拶を切り出した。
『ほんと、電話付き合ってくれてありがとね。じゃ、そろそろ切る...』
「待って。」
ここまで付き合ったのにこのまま切られてたまるか。こちらの気も知らないで。
響人は無性に腹が立った。
「唐突だけど。俺とお前が学校で噂になってるの知ってる?」
『えっ...?ど、どんな?』
「俺らが付き合ってるだとか、お前が俺に片想いしてるだとか。」
『ええっ?!』
電話越しに智世は大きな声で叫んだ。響人は反射的に耳元から携帯を離し、顔をしかめた。
「心当たりある?」
『心当たり....あっ、あの子達かな...。』
はあ、とため息をついた。響人が文句を垂れようとしたそのときだった。
『あの、でも、二番目の噂は.......嘘じゃない、かも...。』
「二番目?」
『だから.......その.....。』
もじもじしていた智世は、やがてすうっと息を吸った。
『いきなりでごめん。あたし...あたしね...響人のこと、好きみたいなの...。』
しばらく重い沈黙が続いた。薄暗いアパートの外で春には珍しい、雷が轟いていた。
「あのさ。」
響人の携帯を握る力が強くなった。
「お前、ふざけてんの?」
『えっ?』
空気が凍りついた。
「これだけの長電話、俺はずっと噂について迷惑だって言いたかったから付き合ってやってたのに。」
『................。』
堰を切ったように響人は本当の気持ちを口にした。
「この期に及んで、俺のことが好き?ふざけるのも大概にしろ。」
外で雷が光り、その瞬間に照明が落ちた。
「お前の今の境遇なんて、どうでもいいんだよ。」
遅れて雷鳴が轟く。雷雲はかなり近づいているようだ。
気を遣うこと、相手を思いやること、相手に同情し慰めること。全てが響人の苦手な分野であった。しかし、この数時間に及ぶ電話においては、彼は全て一所懸命に取り組んだ。
「お前、利用したんだろ。」
『え......。』
「今の境遇を利用して、俺が断りづらいと思って告白したんだろ。」
『ちっ、ちが....』
「もういい。」
言いたいことを言いきって、スッキリとした響人の脳裏に、ふとアイディアが浮かんだ。
智世は表六で、利己的で、今の自分に”悲劇のヒロイン”を重ねて陶酔している。
醜い。甚だしく胸糞悪い。生きている価値はない。
つまり言い換えれば、死んでもいい存在。
ならば、殺してみようか、と。
常々響人は人の死にゆく様を見てみたいと思っていた。インターネットで調べても、グロテスクな画像や動画にはほとんど規制がかかっており、満足のいくほど高揚感は得られなかった。目の前で智世が死んでいくところを見れたら、どれほど面白いだろうか!そしてその瞬間を絵に描けたらどんなにいいだろうか!
そんなことを考えていたので、とうに切られている電話に響人はしばらく気がつかなかった。
しかしそんなことはどうでもいい。思いついたら即実行だ。響人は携帯を操作して、ある男に連絡を入れた。