「あははっ、和花菜さんって面白いこと言いますね。味じゃなくて色を褒められたのは初めてだ」
くしゃっとくずして笑う顔も、少し幼くみえてギャップに心臓がはねる。
こういう笑い方もする人なんだ。
「私広告関係の会社で働いているので、色のバランスとかが気になっちゃうんですよね」
「だから色の名前に詳しいんですね。俺だったらこのカクテル、黄色とオレンジ色だな、としか思わないのに」
「それで十分ですよ。私の見方が変わってるだけなので」
成宮さんはまだくすくすと笑ったまま。そんなに変わった褒め方だったのかな?ちょっと恥ずかしい。
「出来れば見た目だけじゃなくて、味も褒めて欲しいな」
飲んでみて、と促されてカクテルグラスに口をつける。柑橘系の香りと濃厚な味わいに自然と口角があがった。
「……すごい美味しいです!」
「はは、喜んでもらえて安心した」
爽やかなジン・トニックと比べて味は濃いめだけど、全然しつこくなくていくらでも飲めそうだ。
成宮さんが作ってくれたっていうフィルターを抜きにしても美味しい。
「アイオープナーのカクテル言葉は、『運命の出逢い』っていうんですよ」
「運命の、出逢い?」
「ええ。今日、和花菜さんと出逢えたことが嬉しかったので。このカクテルにしてみました」
「………っ!」
魅惑的な台詞と破壊力抜群の笑顔。ずるいですよ、成宮さん。グラスを持つ指に力が入る。
「成宮さーん、注文していいですか?」
「私達にもカクテル作ってください」
「はい、喜んで。……和花菜さん、またカクテル作らせてくださいね」
あまりの格好よさに何も言えずにいる間に、成宮さんは別のお客さんのもとへ行ってしまった。
そして同じようにお客さんを魅了し続ける。
「な、……え、嘘」
我に返った時には既に遅く、成宮さんと2人きりの時間は終わっていて。
長かったような、一瞬だったような。
夢、みたいだと思ってしまった。
『またカクテル作らせてくださいね』なんて、罪な人だ。
私だけじゃなくてお客さんには平等にさっきみたいな甘い台詞を口にするし、極上に美味しいカクテルを振る舞う。
分かっていても。一目惚れしそうになる。
「今度、来たら」
またお店に来た時には、もっとちゃんと会話してみたい。
淡い期待を胸に抱きながら、最後の一口を飲みほした。
第1章【アイオープナー】
カクテル言葉は
『運命の出逢い』
―――この日の夜、頭の中から成宮さんが消えることはなかった。
【第2章 フローズン・マルガリータ】
カラン、控えめなドアベルの音とともにお店に足を踏み入れた。
ゆったり流れる時間に心が自然と凪いでいく。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、成宮さん」
カウンターで迎えてくれたのは成宮さんだった。
今日も相変わらず格好いい。
「最近和花菜さんがお店にいらっしゃらないので心配してましたけど、今日は会えましたね」
覚えててくれたんだ。
お店には毎日お客さんが来ていて、色んな人の相手をしてるから私なんて忘れてると思ってたのに。
ちょっとのことで嬉しくなる。
「仕事で大きめの案件に関わらせてもらえたんですけど、予想以上に忙しくて。やっと落ち着きました」
「そうでしたか。お仕事お疲れ様です」
「でも任せてもらえるのはありがたいので、最後まで頑張ります」
「和花菜さんみたいに責任感が強くて真面目な方だからこそ、任せたんでしょうね」
さすがバーテンダー。相手が言われて嬉しいと思う言葉選び。
こういう時サラッと褒められると、単純な自分はすぐに絆されてしまう。
「ご注文は何になさいますか?いつも通りジン・トニック?」
自分から言わずとも、最初の一杯はジン・トニックを頼むって知ってくれていた。
多分、マスターやバーテンダーさん同士である程度情報は共有するようにしているんだろう。
こういう細かい部分まで行き届いた接客も、お店が人気な理由のひとつなんだと思う。
「はい!ジン・トニックでお願いします」
「かしこまりました」
成宮さんの手元には既にシェイカーやトニックウォーターが用意されていて、すぐに提供できるようにという配慮がなされていた。
すごいなぁ。
前と同じようにシェイカーを振るときの手首、身体のライン、余裕のある表情に釘づけだ。
どこをとっても完璧。
「……お待たせいたしました。ジン・トニックです」
「えっ、すごい綺麗!」
差し出されたグラスの中身を見て驚く。普通、ジントニックは透明。
でも成宮さんが作ってくれたものは、スカイブルーとライムグリーンがグラスの底で綺麗に混ざり合っていた。
「面白いでしょ?海外で見つけた珍しいリキュールを使って色をつけてみたんだ。和花菜さん、色にはこだわりがあるみたいだったから」
成宮さんは小瓶を持って見せてくれた。
濁りのない2色のリキュールが程よく混ざることで、美しく色が変化している。
「そのリキュールに合うようにジンの銘柄も変えたから、飲んでみて」
「いただきます」
どんな味がするんだろう。内心ドキドキしながらオリジナルのカクテルを口に含む。
「ん!美味しい。シトラスの香りもすっきりしてて好きです」
「気に入ってもらえて何よりです」
久し振りにやっとこのバーに来ることができただけでも嬉しいのに、成宮さんにオリジナルカクテルを作ってもらえたなんて。
「成宮さんって、何でもできちゃうんですね」
「そんなことないですよ。失敗することだってあります」
「本当ですか?想像できないなぁ」
要領よく色々なことをこなしてるイメージの方が大きい。
「あはは、買い被りすぎ。僕だって人間ですからね」
「成宮さんに謙遜されちゃうと困りますよ。私も成宮さんみたいにスマートな対応が出来るようになりたい」
カクテルを喉に流し込む。
「はぁ……、先輩からも視野が狭くなってるぞって注意されちゃって。もっと意図的に余裕がある態度でいないとダメですね」
関わってる案件であれこれと作業しているうちに余裕がなくなってて、先輩に諫められてしまった。
そこで気づかせてもらってからは持ち直して無事山場は越えたものの。
「一生懸命やろうとするほど、沼にハマって抜けられなく時ってありますよね」
成宮さんは懐かしむように目を細めた。留学した頃を思い出しているのかも。
「自分では周り見てるつもりでも、他の人はもっと高い場所から全体を見渡してる」
「そういう時自分であ、今ダメだなって気づけるようにならないと」
残りのジン・トニックを一気に飲みほして、空になったグラスを置いた。
「でも、和花菜さんはちゃんと自分の欠点に気づいて直していこうって思ってるんだから偉いよ」
成宮さんはグラスを下げて、何やら準備を始めた。
「また案件任せてもらいたいですし」
「前向きな姿勢はいいことだけど。せめてここにいる時くらいは、弱音吐いて泣いても、いいんですよ」
心地の良い声でそんな台詞を言う成宮さんに、惚れない人なんているわけない。
それに普段そういうことを言ってもらう機会がない分心にじんわりと染み込んでいく。
「はい、どうぞ。フローズン・マルガリータです」
「フローズン・マルガリータ?」
「テキーラベースにホワイトキュラソー、ライムジュース、クラッシュドアイスを混ぜたカクテル」
白のシャーベット状のカクテルの上にミントの葉がのっていて、可愛らしい。
女の子なら皆好きな見た目だ。
次はどんな味がするカクテルなんだろう?
期待しながらいただきます、と言って少し飲んでみる。
「……ライムがアクセントになってますね、飲みやすい」