都の剣〜千年越しの初恋〜

「……こいつ、どうしましょう?」

「顔見られちまってるしなぁ〜。切れ」

一人がそう指示を出すと、男たちは一斉に剣を抜く。男性は怯えながらも、どこか諦めたような表情を見せていた。

すかさず少女は飛び出す。

「剣を持っていない相手に剣を向けるなど言語道断!貴様らはそれでも武士だと言うのか!!」

いきなり飛び出して来た少女の姿に、男たちは一瞬は驚きを見せるがそれもすぐに下卑た笑みへと変わる。

「幸運だぜ!売り飛ばせば金になりそうな娘じゃねえか!」

「売り飛ばす前に、ヤッちまいましょうよ!」

そんな汚らしい会話に、少女はうんざりした目を男たちに向ける。そして、「無駄口はそれまでにしろ」と刃を向け、男たちを睨みつける。

「へぇ…。お嬢様なのに…」

「顔に傷をつけるなよ。売り物にならなくなる」

男たちはゆっくりと少女に近づく。

「あなたは私の後ろにいて」

低い声で少女は男性に命じる。男性はこくこくと素早く頷いた。
先に攻撃をしてきたのは、男たちの方だった。大きく剣を振りかぶり、少女の剣を叩き落とそうとする。それを少女は軽々と避け、男を切りつけた。

男たちが驚いている隙に、少女は次々と攻撃していく。それは一瞬の出来事だった。

「走って!」

倒れた男から男性の荷物を回収し、少女は男性の手を引く。神社を離れ、人気がある場所まで走り続けた。

二人の息が上がり、足を止めた時には、すでに陽は落ちていた。行き交う人々の足は早い。

「怪我は?」

少女が男性に訊ねる。見たところはなさそうだ。

「大丈夫です。…ありがとうございました」

男性は深々と少女に頭を下げる。男性は落ち着いた雰囲気で、顔もどこか大人びている。少女より確実に年上だろう。

「いや、別にいいよ!そんなお礼なんて…。最近は忙しくて剣の稽古ができてなかったしさ」

「でも、あなたのおかげで助かりました!今度お礼をさせてください!」

少女は断ったが、男性は諦める様子はない。仕方なく少女は約束をして別れることにした。

「私の名前はツキヤと申します」

男性がそう言って微笑む。
少女は己の名を名乗ることを少しためらった。少女の正体がバレれば、少女自身に危険が及ぶこともあるからだ。

しかし、幸いにもこの場には二人しかいない。あれだけ多く行き交っていた人々は、さっさと自分の家に帰って行ったようだ。

安心し、少女は名前を口にする。

「……サシャ。名はサシャという」

「サシャ様…!いいお名前です!」

運命の歯車は動き出すーーー。
風が吹くたびに、桜の花が儚く散っていく。

「……きれいね。ツキヤ」

少女は隣に立つ古びた着物を着た男性の頰に触れる。男性は頰を赤らめ、少女を見つめた。

「あなたの方が、もっとお美しいですよ。サシャ様……」

どこかで鶯の歌声が響く。春の訪れを告げる鳥だ。

「あなたに出会えて、本当に幸せ」

少女は、そっと男性に口付ける。唇が触れたのはほんの一瞬だったが、二人の顔は夕焼けのように赤く染まったままだ。

男性は、少女の髪に桜の花をそっと飾る。黒い髪に薄いピンクの花が映える。

「やはり、あなたはお美しい」

男性はそう言って、今度は自分から少女に優しく口付けた……。



神条紗月(しんじょうさつき)が目を開けると、いつもの見慣れた天井があった。

「……夢……」

ゆっくりと布団から体を起こした沙月は呟く。

沙月は、幼い頃からよく同じ夢を見る。それがさっきのツキヤという男性とサシャという少女のものだ。
ツキヤという男性も、サシャという少女も、沙月には見覚えも聞き覚えもない。それでも、目を覚ますたびに、胸に懐かしさが広がるのだ。

時計を見ると朝の五時。いつも沙月はこの時間に起きる。

「…支度をしなきゃ!」

沙月がこの時間に起きるのには、大きな理由があった。



沙月はパジャマから白衣と赤い袴姿に着替える。そう、神社の巫女が着る衣装だ。

沙月の家は、神社をしている。祀っているのはアマテラスオオミカミ。

沙月は神社の巫女として、朝早くから境内を掃除したりしている。ちなみに沙月はまだ高校二年生だ。しかし、彼女は友達にも言っていない秘密がいくつもある。

沙月が外に出ると、真夏だというのに雪が降っていた。

「うわぁ…!きれい!」

それに驚くことなく沙月は笑う。それはこの雪を降らせている人物が誰なのか知っているからだ。

「葉月!おはよう!」

沙月が声をかけると、雪を降らせていた白衣に青い袴姿の男子が振り返る。彼は宮野葉月(みやのはづき)。沙月の家に居候している沙月と同い年の男の子だ。高校も同じクラスである。
「葉月は寝てていいんだよ?神社の掃除なんて一人でできるし…」

沙月がそう言うと、葉月が「はあ?お前のためじゃねえよ」と言いながらほうきを手にする。

「……お前と一緒にいたいからだよ。馬鹿」

葉月は顔を赤くしながら掃除を始める。沙月も「ありがと!」とはにかみながら、腕を動かした。

葉月はクラスで人気の男の子だ。そんな彼が家に居候していることと、一年生の秋から付き合っていることを、沙月はみんなには内緒にしている。

この秘密を知っているのはーーー…。

「沙月!葉月!おはよう!」

水色の着物を着て、雪の結晶の髪飾りをつけた女の子がやって来る。その後から、真っ白の着物に白い肌の美しい女性が姿を見せた。

「おはよう!つららちゃん!お雪!」

「おはようございます」

お雪と呼ばれた女性は優しく微笑む。彼女は人間ではなく、実は妖怪の雪女だ。水色の着物の女の子も人間ではない。雪女の妹のつららだ。

「葉月、雪を降らせてくれてありがとう!私とお姉様は暑さに弱いから…」

つららは無邪気な笑顔を葉月に向ける。
沙月の家は、代々不思議な力を持っている。それは妖怪たちと協力して悪霊を倒すという力だ。そのため、沙月は多くの妖怪たちとともに暮らしている。

宮野家は、代々沙月の家である神社を守るのが使命となっている。そのため、葉月は沙月と暮らしているのだ。

沙月は妖怪なしでは戦えないが、葉月は妖怪がいなくても戦える強い力の持ち主だ。まるで妖怪のように、手から炎や氷を出せる。

「……別に、お前のためじゃない」

葉月はそう言って、また掃除を始めてしまった。沙月は「素直じゃないな〜!」と言い、お雪たちと話しながら掃除を再開する。

しばらくすると、家から次々と妖怪たちがやって来始めた。

「沙月〜!暇だから来てやったぜ〜!」

そう言ってやって来たのは、黒い袴をはいた目が一つの男の子。一つ目小僧のひとめだ。いたずら好きで、しょっ中いたずらをしては怒られている。

「私にも手伝えることない?」

次にやって来たのは、桜の柄の着物を着た女の子。彼女は桜姫。見た目は普通の女の子だが、桜を操る妖怪だ。

「僕も手伝うよ」

ゆっくりとした動作で石像が現れた。彼は二宮金次郎。石なので動きは遅いがとても真面目だ。
「おはよう!手伝いに来た」

ストン、と沙月の前に猫が姿を現わす。彼は嵐猫。見た目は猫だが風を操る妖怪だ。

「僕も来たよ〜!」

そう言って次に現れたのは、朧という妖怪。彼は夜にしか力を使えない。

「フン…!掃除なんてしたくないが来てやったよ!」

そう言って現れたのは、九尾の狐のキング。ナルシストだが、変装が得意だ。

「私も来ました〜!!」

次にやって来たのは、水を操る妖怪の水月。彼女は火を操る火影という妖怪の双子の妹なのだが…。

「賑やかになったね〜!あれ?火影は?」

「まだ寝てるよ〜」

水月がそう言って頰を膨らます。お雪が「仕方ありません。私たちだけで掃除しましょう」と言ってほうきを手にした。

一時間ほど掃除をしていると、「沙月〜!!」と二人の小さな男女が姿を見せた。どちらも色違いの着物を着ている。

「幸子!春太郎!どうしたの?」

二人は座敷わらし。幸運を呼ぶ妖怪だ。

「もうすぐご飯です〜!!」

「スーさんが待ってますよ〜!」
幸子と春太郎が言うと、「ゲェッ!あいつ、さっさといなくなってくれないかな…」と掃除中は何も言わなかった葉月が嫌そうな目をしていた。

気が重いのは、沙月も同じだ。しかし、邪険には扱えないのだ。

スーと呼ばれている男性は、本名はスサノオノミコト。彼は神様なのだからーーー。

そう、この家には神様も住んでいるのだ。



家に入ると、おじいちゃんが「もうご飯はできているよ」と言いながら廊下を歩いて行った。

「お腹ペコペコ〜」

沙月がお腹をさすると、「今日のご飯は何かしら〜?」と桜姫も言う。お母さんの作るご飯は、人間にも妖怪にも好評だ。

居間では、お父さんがテレビのニュースを見ながらご飯を食べている。その前には、日本なのになぜかアロハシャツを着て黒い袴をはいた変人ーーースサノオノミコトがいた。

「お父さん、お母さん、おはよう!スーさん、おはようございます」

沙月はそう言って微笑む。葉月は、沙月の両親と祖父母にだけ挨拶をした。葉月はスーのことが大嫌いなのだ。なぜならーーー。