『咲貴、お願いがある。そのメールに返信してもらっていい?』
『え?』
突然のこの言葉に驚いた。
背を向けたまま、普通に言い出した。
こっちを向いてないから表情はわからない。
『誕生日だろ。連絡取りたいだろ?これもプレゼント。俺気にせず返事しな。』
『孝浩くん・・・。ううん、しない。わたしは今孝浩くんがそばにいてくれてるからもうこれ以上は望まないよ。』
『お願いって言ったろ?』
『どうして?』
そう言うとこっちに振り返り、笑顔で
『尾上が何してるのか俺も気になる。元気なのか、あいつは・・・。』
そっか。そうだよね。
孝浩くんにとっても一応後輩なんだし、いきなりいなくなったから心配してるよね。
愛子ちゃんだって尋常じゃない心配の仕方だった。
でも、愛子ちゃんが何も言わなくなったからきっと連絡があったんだろうとわかってた。
そしてわたしにそのことを言わないでと言っただろうということもね。
それが俊の本音なんだろうな。
でも・・孝浩くんは気にはなってるだろうけど連絡は取って欲しくないはず。
ごめんね、ワガママで。
【ありがとう、18歳になったよ。俊、元気??どうしてるの?どこにいるの??】
返事をしたけどいくら待っても返事はこなかった。
そして2月は逃げるというようにあっという間に過ぎ、わたしは3月1日高校を卒業した。
色々あった高校時代。
思い返すのも辛いこともあった。
思い出にしなきゃいけないんだよね。
俊、わたしは決めてたの。
高校の卒業と同時に
あなたからも卒業します。
『咲貴~見たよ!!WWW!2人ともいい感じにうつっちゃって~!!』
卒業式の後、クラス全員と担任で教室を使わせてもらってパーティーをしていた。
担任がいるからもちろんお酒なし。
そこにWWW!を朝、コンビニで買って来た友美が見てニヤけながら言った。
『うわ・・このショットなんだ・・・。』
わたしたちが見つめ合って笑い合ってる写真だった。
手をつないで幸せそうに。
『1番大きく載ってるじゃん。かわいー!!』
そう、誰よりも大きく1ページ全部使ってあった。
ご丁寧にフルネームと年齢も下に書いてあるし。
恥ずかしい・・・・。
『もう・・捨ててその雑誌。』
『やだよっ!!拓也と一緒にまた見るんだもん♪』
友美と拓也さんは相変わらず仲良く、順調に続いていた。
友美は初めてだろう、こんなに長く付き合うのは。
『あーやだやだ。やっぱり辞めればよかったよ。』
『咲貴、もう卒業だよね。』
『うん、そうだね。寂しいね、やっぱり。』
『俊くんからも、卒業だよね?もう孝浩くんだけだよね??前にそう言ったよね??』
友美・・・覚えてたんだ。
『そうだよ。わたしはもう俊の影を追わない。』
『よかった。これでもう咲貴も幸せになれる。』
友美は満面の笑みだった。
『ずっとわたしたちは友達だよね??』
『咲貴ー・・・友達はないっしょ。親友だよ、親友!!』
そっか。
こんな親身になってくれるんだもん。
親友だよね、やっぱり。
友美に出会えてよかった。
『あの門をくぐればもうこの学校とお別れなんだよね。』
わたしたちはパーティーを抜けて帰ろうとしていた。
校門が見える。
あそこはもう、くぐることはないだろう。
『そうだね。寂しいよ、やっぱり。』
『咲貴、手つないで帰ろう。』
『そだね。ちょっと恥ずかしいけど最後だし。』
そう言ってわたしたちは手をつないだ。
この高校でミス流星に2年、3年と連続で選ばれたり、色んな先生に怒られたり、進路で悩んだり、友達と笑ったり。
楽しいことも辛いこともたくさんあった。
それも思い出になる日。
校門をくぐり、校舎を見た。
さようなら、流星高校。
『・・・・咲貴・・・。』
『ん??』
『・・・後ろ・・見て・・・・・。』
友美のうろたえてる言葉を不思議に思い、わたしは後ろを見た。
ありえないよ。
あなたは忘れるって言ったよね。
会いたくないっても言ったよね。
どうしてここにいるの??
どうして・・わたしを見てるの??
俊。
『咲貴の新しい彼氏はおせっかいな人だね。』
自分の髪をクシャッと触りながら笑顔でわたしに寄ってきた俊。
どうしよう、動けない。
俊、髪短くしたんだね。
黒髪にツンツンとした髪型も似合ってるよ。
『何度シカトしたってメールしてくるんだ。近状聞いてきたり、日本国籍の取得の仕方とかメールしてきたり。そして借りてた狂犬をお返ししたいって言うんだ。』
き、狂犬!?
わたしのこと!?
お返しした・・い??
『どうも、国籍が日本になりました尾上俊です。お迎えにあがりました。』
そのとき、友美がわたしの背中を押した。
友美を見ると泣きながら微笑んでる。
『帰化したけど元は韓国。咲貴の家族は反対するかもしれない。俺の親だって。でも俺はもう逃げない。絶対に諦めない。死ぬほど後悔したからね。絶対にどうにかするから・・・咲貴、俺のとこに帰ってきて。』
『俊の・・バカ。バカバカ大バカ!!!』
『バカ?俺が??』
『最低だよ、もう。わたしは孝浩くんをまた裏切らなきゃいけないじゃない。』
『原口さんから言ったんだよ。裏切りじゃない。』
そう言ってわたしの首元に手をまわし強く抱き寄せられた。
久しぶりに感じる俊の体温、香り。
香水、変えてないんだね。
『俊くん?』
後ろから友美が声を掛けた。
俊はわたしを離し、友美の方を見た瞬間、友美が思いっきり平手で俊の頬を叩いた。
それはそれはすごい音がした。
『もう咲貴を悲しませたらこんなんじゃすまされないんだからね。』
そう言って友美はわたしに微笑み、帰って行った。
『俺さ、完璧に友美ちゃんには嫌われてるだろうね。』
『そうだね。わたしから好かれてたらいいんでしょ??』
『うん、それさえあればもう他になにがあろうがどうでもいいや。』
そう言ってわたしの左手を取って繋いだ。
そして俊は近くに停めてある黒の四角い車の鍵を開けた。
『俊、免許取ったの?車買ったの?』
『うん。バイクはもうないよ。』
そう言って助手席のドアを開けてくれた。
『いいよ、そんなに丁寧に扱わなくたって。』
『逃げたら困るし。』
『バカだね、ほんとに・・』
そう言って車内を見渡した。
ほんとに何もない車の中。
でも俊の香りがした。
香水とタバコ。
『それじゃ・・飼い主に挨拶に行きましょうか。』
『えっ、それって・・・』
『原口さん。荷物はもうまとめてあるらしいから。』
孝浩くん、どうして黙ってたの?
どうして勝手にこんなこと・・・。
そして車は走り、孝浩くんの家に着いた。
車内ではわたしは孝浩くんにどういう態度を取ればいいのかわからず混乱していた。
車を降りてもポツポツと俊の後ろを歩いた。
そして玄関を俊が開けた。
『こんにちは。』
『尾上。元気そうだな。』
『咲貴、こっちこいよ。』
玄関に入らず壁に隠れていたわたしの手を俊が引っ張った。
『孝浩くん、どういうこと??』
『咲貴ごめん、俺好きな子が出来たんだ。俺さ、お前が尾上と別れてからのお前の様子みて間違ったと思ってた。だから訂正する。こいつはきっとお前を幸せに出来るから別れないほうがよかった。だからやり直せよ、お前ら。』
嘘つき、嘘つき。
咲貴の女子高生ってのは最後だからって・・・
あんなに昨日きつく抱きしめて・・・
あんなに何度も何度もキスをして・・・
優しく抱いたのはこのためだったんでしょ?
泣きそうな顔も意味はわからなかったけど気付いてたんだから、実は。
好きな子なんていないくせに。
いつもすぐ帰ってくるし。
『孝浩くん・・・わたしは・・・』
『咲貴、俺はお前が邪魔なんだ。悪いけど出ていってくれ。頼む。』
そう言って後ろを向いた。
俊は黙って紙袋に3つほど入ったわたしの化粧品や服などを車に運びに行った。
『孝浩くん・・・肩、震えてるよ。』
『━━・・・っ。』
『孝浩くん、こっち見てよ。』
『早く行け。もう行け!!もう・・俺の前に姿現さないでくれ。』
声を震わせながら大きな声を出され、わたしはビクッとした。
『咲貴、幸せに・・・なれよ。雑誌、思い出になってよかった。』
そう言ってわたしのいる位置から見えないところに孝浩くんは移動した。
『孝浩くん・・・・孝浩くんと出会えてほんとによかった。ほんとに好きだった。ごめんね、ほんとに。ありがとう、ほんとに。』
わたしも声が震える。
孝浩くんの優しさ、想いが胸を打つから。
涙が止まらない。
玄関から離れるとき、もう一度振り返って部屋を見た。
あ、トトロ。
置いたままになってる。
あのトトロも・・・大切な思い出。
わたしの大切なものが詰まってるぬいぐるみ。
でも・・俊のところに行くからわたしの荷物の中に入れなかったんだろうな。
元彼のプレゼントを大切にするわけにはいかないから。
トトロ、孝浩くんと一緒にいてあげてね。
そう思ってわたしは玄関から出てドアを閉めた。
そしてまた振り返り、ドアを見つめた。
このドア、こんなにサビてたっけ??
ほとんど笑いながらドア開けてたから気付かなかった。
辛いわたしを支えてくれた一つのこの家、ありがとう。
ワガママの使い方を知らない女だって、あの時孝浩くんは言ったよね。
わたしはきっと今日、人生で最大のワガママを使うんだと思う。
そして、いつもわたしのことを1番に考えててくれた孝浩くん。
本当にありがとう。
きっとこの感謝の想いは一生忘れない。
廊下を歩き、階段を一歩一歩降りて俊のもとへ歩いた。
俊はまた助手席のドアを開けて待っている。
『逃げないよ。ここまでされると逃げる気はしない。』
『ここに残りたいって言っても残さないけどね。』
唇をとがらせて言う俊。
『そんなこと言ってないじゃん。』
そう言ってわたしはドアを閉めた。
俊が運転席にまわってるとき、もう一度アパートを見た。
もう、ここに来ることは二度とないんだろう。
見納め。
『さぁ、咲貴ちゃん。質問に何でも答えましょう。』
俊はわたしと真逆でかなり明るく振舞っていた。
本心?それともわたしのため??
両方かな??
わたしだって嬉しいけど・・淋しい気持ちだってある。
『質問・・・ありすぎて出てこない・・・。俊が話してよ。あの港で別れた時から。』
『ゲッ、まじ長ー・・・。』
悪態をつきながらも俊は穏やかに話してくれた。
『あの港で別れた日は・・・確か恵介の家に行ったと思う。それからは家を転々としてた気がする。よくは覚えてないけどね。行きずりの女の家に行ったりもした。でも・・やっぱ咲貴のこと忘れられなくてさ・・・。』
運転しながら気まずそうに話してくれた。
行きずりの女ぁ!?
なにそれ・・何人とそんな関係になったわけ~!?
でもわたしも孝浩くんと付き合ってたし、カラダの関係だってもちろんあったわけだから心の中で抑えなきゃ・・・。
『そっか。家にいったらいないって言われたもん。』
『へぇ~いない事あいつら気付いてたんだ。意外だね。今は寮に住んでるんだ。』
いない事に気付いたのはわたしの言葉がキッカケだったけどあえて言うようなことじゃないし黙っておこう。
『寮??なんの寮??』
『俺、働いてるんだ。車の部品のチェックとかする工場で。夜間もあるから結構金になるんだ。』
『働いてるんだ!!ちょっと意外だった。』
『意外とか正直に言いすぎなんだよ、お前は~。』
笑いながらチラッとこっちを見る表情はやっぱり懐かしい。
こうやってまた笑いあえるなんて、思ってもなかった。
『咲貴、もう一度俺とやり直してくれるんだよね??ハッキリ聞かせて。』
さっきまで笑ってたのに次は真剣な表情に変わっていた。
眉毛をかしげて、唇をかみ締めてる。
バカだね、答えはわかってるくせに。